私は高校の交換留学生として初めて日本に来た。成田空港に着いてから色んな良い印象が未だ頭の中に残っている。
9月上旬だった。夏の熱さの中で蝉の鳴き声がまだ聞こえた時期だった。人も優しく、異文化のおもしろさもドイツからやってきた自分にしては大きな冒険の始まりのようだった。但し、高校に着いた初日に日本人の高校生に聞かれた一つの質問で心が刺された。
私はドイツ人だと学生が知って、日本人らしい優しさでドイツの事を聞かれた。その一つ目の質問はなんと「Do You Like Hitler」だった。
ドイツの教育の中では、ヒトラーを好きになる、彼や当時のドイツ国民がやった事を好意的に思う事がありえない。当時に起こした罪は許されてはならない、反省しないと行けない事だ。反省があったから、隣国との仲直りができる。
ドイツの教育ではただ、ドイツは悪いとの単純な教えではなく、授業内でよくディスカッションをした上で、自我の意見を強める。
議論上の勉強は非常に効果的だと思う。ただ物事やテストに出そうな答えを暗記するだけではなく、自分で考えたからこそ答えられる事が重視されている。
日本の高校生に「ヒトラーが好きか」と聞かれたときに、同盟国だった日本の教育にはあの戦争についてはドイツと違う捉え方があると思った。
初日から一年間にかけて、日本語を勉強しながら、一般の授業にも参加して、学生の歴史観に問題ではなく、教え方にドイツと大きいな違いがあると解った。
ドイツだと、授業中にディスカッションがあれば、他の学生の意見を尊敬しながら、自分の意見を述べる事になれる。従って、自分が頭の中にあるカオスを形に出来て、他人の気持ちを考えた上で考える事になるんだ。
一方的に先生に教えられている日本人の高校生にはそういった様子が無かった。考えなくていい、自宅や塾で数字や単語を暗記すれば良いとの勉強法が一般的だと、留学生の私は思うようになってしまった。
特に歴史の問題には議論をせねばならない。ただ「何々の出来事があった」と暗記するではなく、「何々があって、そのために何々の出来事があった」。歴史は昔の真実を述べる学問ではない。歴史において一つの真実が存在していないからだ。捉え方もそれぞれ。
だからこそ、授業中に議論が必要だ。先生と講義しないと行けない。とドイツ人の私が思う。
歴史だけではない。言語の授業もそう。ドイツの英語の授業を例にすれば、文法を初め、すべての授業は英語で行われていた。言語を考えるではなく、言語で考える。英語を使う自分が自分の意見を述べるようにならないと、言語の授業には意味がない。
10000の単語を暗記出来ても、形に出来ないと外国人と論じる事も出来ない。
ディスカッションをする事が好き。相手の気持ちとぶつかり合いながら、お互いの意見を会わせるほど良い事はないと思う。
