10年前、私は母になるまで大変だった | 四柱推命研究家narumi のブログ

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長野在住2児(3児)の母。亡き長女の名を胸に占い師を始めて6年。
四柱推命や陰陽五行、風水などの視点から占いの勉強にも役立つ内容を書いています。
占い技術研究所の勉強会の告知もしています。青学卒、栄養士資格有り。

こんにちは。

 

四柱推命研究家narumiこと西澤りえこです。

 

 

 

昨日は娘の誕生日でした♪

 

10歳になりました✨

 

つまり私も母になって10年

 

詳しくいえば母になりかけた12年前があるのですが、(以前の記事

 

しっかり?子育てをしたのは10年。

 

月日が経つのは本当に早いものです。

 

 

 

10年前の妊娠中、私は不育症の疑いもあって、(前回の出産後に精密検査を受けました)

 

新横浜にある不育症の専門病院と、長野市の日赤病院をダブルで通っていました。

 

そして、また出産前に胎盤が剥がれないようにするため、(常位胎盤早期剥離、「常剥」って呼ばれてもいます)

 

ヘパリンという血液をサラサラにする薬を1日2回、自分で注射を打っていました。

 

皮下注射なのですが、自分に針を刺すというのは思った以上に恐怖で、

 

最初はかなり勇気がいりました。

 

とにかく、結構、出産までの道のりは楽ではありませんでした。(注射も自費でお金もかかった)

 

 

 

12月6日が本来の出産予定日(長女の命日と同じ)でしたが、

 

大事をとって10月末から長野市の日赤病院に入院し、

 

11月14日の予定帝王切開までのんびりと入院生活を送りました。(すごく退屈でしたがあせる

 

 

 

 

 

11月14日、午前中の手術予定でしたが、

 

緊急を要する妊婦さんの手術が当日に入り、

 

私は午後3時頃の手術に変更になりました。

 

 

今思えば、この生まれた時間の変更は、

 

運命上決まっていたことだったんだなと思います。

 

四柱推命では生まれた時間というのは4つある柱のうちのひとつの柱を作っているので

 

命式の中でとても大事なものになります。

 

 

それは置いておいて、出産は無事できたものの、

 

そこからがまたすごく大変でした笑い泣き

 

それはまたいつかブログに書きたいと思います。

 

とにかく、娘が10歳になるまで、

 

私も色々頑張りながら母になりました。

 

 

 

 

「妊娠できれば出産できる」

 

そう思っていた昔。

 

でも、そうじゃなかった。

 

 

そして、

 

「運命はおおよそ決まっている」

 

と気づいた最近。

 

 

だったら、

 

1日1日を大切に過ごしたいし、

後悔しないように生きたい

 

 

そう思っています。

 

〜四柱推命研究家narumi 西澤りえこ〜

 

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