なにか知恵をしこんできた、カミさんにいわれた。

「つよい想いで夢は実現するのだが、
 想念は現実を引き寄せるので

「奴を負かしたる」(←原文ママだが低次元な例やね)
と願ってると
『「奴を負かしたる~」と願ってばかりいる現実』 が実現する。

「大金持ちになる」と願ってると
『「大金持ちになりて~」と願ってばかりいる現実』 が実現する。 」

ということらしい。




その時は似たような考えをもったこともあって
ふむふむ程度だったが、電車のなかでふと別の面にも気づいた。

”めざす夢をすえることは、
 自分が一生悩みつづける対象を設定する事。 ”


十二歳の頃、小学校の卒業アルバムでは、
みんな夢は野球選手、欲しい物はゲームウォッチとか だった。

一方、クラスの天才No.1とかいわれていた俺
(クラスの数だけいるんだがね、そんなやつ)は、
なりたいのは「正しい考えを持った人」、
欲しいのは「のんびりする時間」とか書いていた。
 (↑みて寒くなったかた、結構。まぎれもなくそう思っていたから。)ペタしてね


でも40にしてあらためて思う。

「正しい考えを持った人」にはいつまでもなれた気がせず、
それでいて目指し続け、

「のんびりする時間」を欲しがりつづけるくせに、
いつまでものんびりした気はしない。



めざす夢をすえることは、 よく意味を考えないと、
自分が一生悩みつづけてしまう源泉を設定してしまう。
それでもかまわないものを夢、とも定義しているようだが。

真の達成感は、その達成を前提として、
さらに次の高みにある何かを達成しなければ 得られないぞきっと。


メダルをとってはじめて、

オリンピックが参加することに意義があること の意味を理解し、

世界記録をだしてはじめて、

メダルを取ることの真の意味を知るんじゃないかな。

達成した事を主観的に感じ、かつ客観的にもみれることでね。



…実現させたい夢はできるだけリアルに想像する、
というのも同じ効果を狙っていってるのかもしれないね。



もう負かしているんだ。

もう大金持ちになっているんだ。

…そのマインドセットから得られる自信と、
次の高みをみすえる崇高な理念のほうを
妄想なり吟味検討したらどうだろう。
「どうやれば金持ちになるか」に頭をめぐらせるより先にね。