脳科学的理系的な話で難しいものの
なんとなく理解できるようなことが書いてあって
過去の惨めな自分が納得するような記事でした。
だからこそ自分は間違った結婚はしないと
強く思ったのかもしれないです。
「まだ結婚しないの?」「もう4年だよね?」
そんな言葉が聞こえてくるようになった今、
私はこの人でいいやとすぐ結婚しなくてよかったと思っています。
本当に自分のことを好きでいてくれたら
どんなに長い間でも一緒にいてくれて待ってくれるし
年月を重ねても私のために動いてくれると
そして私も同じように相手にできれば真の愛だと
考えていたのです。
""これはアルギニン・バソプレッシンの分泌量というよりも、受け取り手であるところの受容体の問題でもあるのですが、この受容体のタイプは人間の場合はバリエーションがあります。アルギニン・バソプレッシンを受け取ったときにシグナルを伝えやすい受容体と、そうでない受容体の両方があるのです。
前者の人は、比較的親切行動を取りやすい。弱い者を見たときに率先して助けてあげようとするタイプなのですが、後者の人は、あまりそういうことをしません。見て見ぬふりをしたりとか、ここぞとばかりに搾取したりするという行動を取ったりもします。""
この記事にあるように、
離婚家系の子供はあまり親切ではない。
だからいじめられたり、ハブられてしまうという光景をよく見ていました。
でも私はそうされている子が放っとけない性格なので
そっと寄り添ってみたり気にかけたり
でもそれがおせっかいだったんでしょうね。
仇で返されたりひどいことを言われたり。
だからいじめられるんだよ、君は。と
言わんばかりに当時はムカついていました。
だけどそれは遺伝で、
子供には選択する権利もなく
その環境で育つしかない子供にとっては仕方のないこと...
ところで
自分の父や母のような人を結婚相手に選びがちということをどこかで耳にしたことはありませんか?
離婚が連鎖する一因として
暴力のある家庭で育った子はなぜか暴力をするような人を選んでしまうんです。
そして、その方が安心すると...
歪んだ愛はとてつもないもので
どれだけ自分に興味や関心がなくても
暴力を受けることで相手にされていると誤った幸せの捉え方をしているんじゃないかな。
それでその暴力が自分だけでなく子供にも被害が及んで離婚する、という人が周りにちらほらいます。
なぜそんな人を選ぶ?と思う反面
私も父親のような性格の人と今付き合っているので
あながち間違いではないのかなと思ったりもしています。
まっすぐ正しい愛情を受けていれば
きっと愛の捉え方もまっすぐなのかもしれないですが
そうじゃない場合
誤った道を選んでしまいそうですよね。
やっぱりちゃんと愛を持って育ててあげられる環境がないと
子供は親の背中を見て育つのでかわいそうかなって。
だから親がもし間違っていたとしても、
それに気づける子はなかなかいないことなのでしょう。
私も自分の親が間違ってるとは思わないけど、
間違っていることがたくさんあるかもしれません。
それなら...
少しでも子供が生きていやすいように育ててあげたいですよね。
深く考えすぎかな?
でも私にはその覚悟がないから先に進めないし
焦る必要もないと思っています。
まとめると
家族間で仲がいいだけではなく、家族や家族以外のためにもなにかすることはできるのか?
そしてそれができる人の愛は長続きしやすいのだということなのかな。
遺伝子レベルの話で気をつけてれば大丈夫とかいうスケールではないけど、できるなら幸せな家庭を築きたいですよね。
確かに恋人同士でいてもなにおま!と思うこともあるし
別れたいさようならと思うこともあります。
でもそれを我慢するにあたって
「他人だから仕方ない」と思うようにしてるんです。
自分のために何かやってくれるということがなくなったら終わりですが
何かしらしてくれているうちはまだ大丈夫。
それが相手のことも考えられなくなったら終わり。
離婚家系にならないように
お互いがお互いのことを考えて生きていかないといけないですね。
幸せはそう簡単には飛んでこないものです。
苦労があってこその幸せ!!だと。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。


