Serendipityは中央大学校の正面にある天井の高いカフェの名前だった。
滝のように地面に打ち付ける雨の中を、
あたまからしっぽまでびしょ濡れになりながら走って行って、
最初に目に映るガラスのドアを急いで開けたことを憶えている。

紙カップで出てきたアメリカーノの、プラスチックの蓋はハート型。
そのようなカフェはごまんとある。ありすぎてそれぞれの店の売り上げが心配になるほどだ。
心配とか言いながら誰よりも嫉妬している。
どんな人間が始めて、経営して、そして客を引く努力もせずに、実際客も呼び込めずに、
だけど経営者たり得ているのだろうと。

日々そんなことを考えているけれども私には資本も知識もない。
働く意欲はあるけれども雇われる意欲がない。
働く意欲の倍以上は休む意欲がある。
それが平凡だとしたら私以上の平凡はなく、
これでもし社会的地位を道端から拾い上げられるような
視力を親から与えられていなかったら、
一気にニートにしかならなかっただろうという気しかしない。

オレンジの電車沿いの小さな駅にある私の大学に生息する学生という名の動物
その半分は私と同類の
視力だけを与えられた平凡。
平凡は更に二つに分けられる。

男と女に。
明と暗と言ってもいい。
社会の。