私の嫌いな会社の一つに(他にはマスコミ等。全てではないが)某Rというのがあって、就職の説明会に二度足を運んだのだけれども結局やはり生理的に受け付けなかった。企業風土というのは中で働いた訳ではないからあまり言わないことにするとしても、とにかくビジネスモデルが受け付けないのである。金の稼ぎ方が好きではない。地域に余計な画一化をもたらし、胡散臭いマネーフローを作り出す。それでいて「地域を活性化した」だの「世の中を(良く)変えた」だのと宣うのであるから、二度目の説明会は途中でどうやって退出しようかという思いで頭が一杯で、大変な苦痛意外の何者でもなかった。そのような大嫌いな企業に自分の身近な人間が2人も就職するというのであるから、息苦しくてたまらなくなる時があるのだ。ゼミの選択を間違ったかな。今日も卒論で扱うビジネスモデルに対して一言言われたので毒を吐いてしまった。「あなたはお金のことしか見えていないでしょう」。
結局のところ、利己主義のカタマリでしかないのではないだろうか、ああいう人間は。(彼のような存在を全く否定する訳ではない)

とにかく、虚業としかいいようがないと常々思っている。とにかく嫌いなのだ、あの傲慢さが。


さておき、ミヒャエル・エンデである。小学5年の時「モモ」の読書感想文を書いて以来、しばらく忘れていたこの本をたまたま平積みになっているのを近所の書店で見つけたのが一昨年である。それ以来、「なんとなく」心の隅にあったエンデの言葉がじわりじわりと効いてきている今日この頃。「エンデの遺言」「エンデの警鐘」なんかを読んでから(まぁ、他のでもいいのだけれども)モモを読むと、また更にじわりじわりとやってくるのである。

以下、NHKで特集された動画が見つかったので貼っておきます。


















どうでもいいのだけれども、やる気があると思っていた人が案外ある期間を過ぎると何かネタを提供してもちゃらんぽらんな反応しか返してくれなかったりすることがよくあって、そういう時必要以上にがっくりするのを何とかしたいと思う。期待しすぎなのだと分かってはいるのだけれども、散々議論したのは何だったんだろうか。結局就職が決まってしまえばどうでもいいと、そういうことなのだろうか。あまり期待しないことにしよう。



昨日の勉強会のことは、また週末にでも書こうと思っています。常々思うこと。「勉強が、経験が、努力が足りない」。

才能なんてのは最初から期待していないのだから、この際言わない。