この物質世界を映画に例えると、スクリーンに映った映像で、自分がその主人公。

 という感じです。

 行動(Do)を中心とした考え方は、スクリーンに映った映像をスクリーン上でなんとかしよう。としているような感じなんです。

 映像を変えるにはフィルムの方を変える事なんですが、そのフィルムに注目した視点というのが在りようBeを中心とした考え方です。

 フィルムが本体でBeで、そのフィルムは観念で創られています。

 例えば

 「私なんて・・・」という感じで自己卑下した観念を持っていると、自己卑下するような映像が写し出される。そういう現象を引き寄せる。という事です。

 逆に自己肯定感が高い観念を持っていると、そういう映像が写し出される。そういう現象を引き寄せる。となります。


 そして、スクリーン上の自分からはフィルムそのものを「行動」(Do)によって直接取り換えたりは出来ません。
(○○したら観念が切り替わる。というようなモノでは無い。という事です)
 

 ですので、引き寄せを使います。

 フィルムが切り替わった『自分』を引き寄せ設定して、跳び跳ねる行動を続けて、引き寄せます。

 自分が主人公の映画だとして、どんな映画にしたいでしょうか?

 悲劇でしょうか?

 喜劇でしょうか?

 ヒーロー(ヒロイン)モノでしょうか?


 どんな映画にするか?は個人の自由です。

 こうしなくてはいけない。というようなShouldはありません。

 私個人としては、悲劇や復讐劇はやめといた方がいいかな、と思います。(もちろん本人の自由が尊重されます)


 そして、映画の中の自分。という視点以外にその映画を見ている自分。という視点もあってそれがハイアーセルフの視点で、覚醒後の(よい状態の時の)視点でもあります。

 フィルムには、癒されていない観念(癒されていない自分)が多く現れるので、楽しい映画にしたいならば、出来る範囲でトラウマを癒した方がいいと思います。


 自分の観念に気づいて、その観念を変えた経験があると、観念が変わった事で起きる現象も変わった。という経験もあると思います。

 それが、フィルムが切り替わった。という事です。

 意識的にフィルムを変えるのに、自分の観念を引き寄せを用いて書き換える。というのがこのブログの主旨です。

 ブログのメインテーマなので一つの記事では書ききれませんが

 こんなフィルムに取り換えたい

 という事があれば

 映画のフィルムに例えると○○劇のフィルムに取り換えた『自分』を引き寄せ設定してみて下さい。



   荒崎雅行