このブログ。自分引き寄せを書いていますが、観念の書き換えを引き寄せで行う。というモノです。
で「観念」とはどんなモノでしょうか?
一つは「考え方のクセ」つまり心の動きのクセです。
で、動きのクセなので、繰り返しも大切なのです。
スポーツ等で、理想的なフォーム等を繰り返し練習しますよね。これは動きのクセを修正する。という意味です。
それと同じように考え方のクセも、心(思考)の動きのクセなので、こういう観念になりたい。というなりたい観念の心の動きに合うように自分の心の動きを修正するように繰り返す事も大切です。
スピ系の「お勉強」が好きな方は思考だから知ることで十分と考えがちで、新しい知識の収集には力を入れても、泥臭い繰り返し。とかはあまり好みません。
知識や智恵は持っている段階だとHaveの域で、それを体得する。というBeに落とし込むには、繰り返しは必要なのです。(思考の動きのクセだから)
勿論、引き寄せを使うとかなり楽に引き寄せられます。
守護霊とかガイドと呼ばれる存在は、魂がレベルアップするように力を使うので、魂がレベルアップするような観念を引き寄せようとすると、こちらの望みとあちらの目的が合致するので、めちゃくちゃサポート受けられます。
その繰り返しも、引き寄せている最中の「跳び跳ねる行動」としてみて下さい。
「今引き寄せている最中だ」という思いと
そのまんまで○より良くなろうとしている時点で◎、引き寄せ完了したら花丸💮と考えてみて下さい。
フワフワしたスピではなく、地に足をついた泥臭いモノなんです。実際。
観念のもう一つの側面は、色眼鏡で見る。というような認識・入力に関わる所です。
これは、違う視点から見る。という事で簡単に気づけるのですが、そもそも自分がその観念のフィルターを通して世界を見ている。という事に気づけません。
イヤな事が繰り返されたり、引き寄せが上手くいかない時などは、自分の(潜在意識レベルでの)観念・思い込みに気づくチャンスてもあるので、陰中の楊とも捉えられます。
自分の観念のフィルターに気づく。のはイヤな事が起きた時に「もし自分の観念のフィルターのせいで引き寄せたのだとしたら?」というような感じで、自分の観念を見つめる。
このタイプの観念は、その観念の存在に気づくだけで消える事もあるので、その体験から上記の「繰り返し」を軽視してしまう要因でもあります。
勿論、自分の観念のフィルターに気づいてそれが外れる時のアハ体験を楽しんで、普段から探し続ける。というスタンスだと凄く楽です。
(もっともこれは、少数派でしょうけど)
観念のフィルターとしての側面の実験です。
ここを読んでから、目を閉じて10数えてから目を明け、視界に入る赤いモノを探して下さい。
次にここを読んでから目を閉じて10数えてから目を明け黄色いモノを探して下さい。
どうでしょうか黄色いモノを探している時はそれまで見ていた赤いモノが視界に入らなかったでしょう。(視界に入っていても認識していなかった)
これが観念のフィルターとしての側面の実験です。
では、最後にここを読んでから、目を閉じて10数えてから目を明けてスクロールしてみて下さい。
この世界が全て愛で創られている。という視点で世界を見てみて下さい。
それが「今ここ」です。