「第六天魔王」と言えば恐らく誰もが「悪魔」の様なイメージを持たれていると思われますが…。
実際は様々な神様の一人なんだそうです。
「他化自在天王」と言います。
人界・天界さらには地獄界まで全世界に自由自在に楽しみを与え、不幸な人々を幸福にして喜ぶ高尚な趣味の持ち主と言われています。
それが何故仏教において「悪魔」扱いなのか?
それは「他化自在天王」というのは欲望の神様だからです。
彼は滅私奉公で人々に幸福を与えますが、そのせいで人々は自分を磨くのを忘れ怠けてしまいます。
仏教は欲望を捨てて仏になるのが幸せですから、その妨げとなる「他化自在天王」はそういう人達にとっては神様であり悪魔である。
信長公も人々に幸福を与えるのが幸せだと考えていた様です。
自分自身にではなく先ず他人に幸福を。
それで仕事に達成感を持つようにした様です。
しかし、必ずしもそれが正義でなく、別の側面から見ればとんでもない悪行と評価されます。
名君とはそういう矛盾した二面を持つもの、だそうです。