数え切れない裏切りに私はもう疲れました -13ページ目

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78:名無しさん :2012/08/28(火)
>>72
詳しくありがとう。理解できたと思う。

そういう依存は程度の違いこそあれしていたけれど、今はない。

今はそういう意味では自立してて、愛情もそれなりにかけているけど前のように深く愛せない。

見返りは求めないんじゃなくて、見返りがこないことへの諦めになっている。

これがその内深い愛情になればいいけれど、とてもそうは思えないから
皆さんの言う依存しない関係、
と言うよりは冷めだした関係なんだろうなと思っている。


81:名無しさん :2012/09/08(土)
>>72
元彼がそんな感じで依存が強くて、
「俺が好きなものは君も好きだろ?俺が好きなら俺に合わせてくれ。それが愛!」
みたいな感じだった。

「あなたの事は好きだけど、価値観で相容れない部分がある」
と言うと自分を全否定されたと思っていじける。
価値観が違うのとその人を好きな事は別問題なのに。

結局私を好きなようでいて、私の一部だけを理想化して
それ以外の部分も俺仕様にしようと強制するから恋愛感情がなくなった。

若い人とか人生経験の少ない人はそういう傾向が多少あるだろうね。

依存と共依存て、渦中の時はわからなくて終わってから気付くことが多いと思う。


91:名無しさん :2012/09/11(火)
>>30
100%成り立つとは思わないけど逆の理論の
自分より恋愛経験豊富な彼氏の場合こちら側の恋愛感情がなくなりにくいってのは成り立つと思う。
勿論相手が童貞とか自分より経験少なくても
他に尊敬できるところがあれば恋愛感情は抱けると思うけどね。

実際にこのスレの女側の書き込みでの大多数の場合の彼氏の恋愛経験は
自分よりずっと少ない(もしくは0)~自分よりちょっと多い
この辺りが90%位を占めてるんじゃないかな?


92:名無しさん :2012/09/11(火)
※注意※
「女は自分より経験人数がある男しか愛せない」という持論を展開する荒らしが度々出没しますが、毎回同じ話しかしないのでスルーしてください。


93:名無しさん :2012/09/12(水)
もう無理だ。
はっきりと嫌悪感を抱いてしまった。
きっかけは相手の口臭。
キスも嫌、添い寝も嫌。
一緒にいて居心地悪いし、今思い出しても気持ち悪い。
もう別れます。


105:名無しさん :2012/09/17(月)
彼女は寂しくて俺の自己肯定の言葉に酔っているだけ。
俺も寂しいから優しい言葉をかけているが、彼女と違って自己欺瞞に気がついている。
でも罪悪感と虚無感で潰されそうだから長くは持たないな。




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72:名無しさん :2012/08/28(火)
>>70
依存は自己愛であり、自己愛だとどうなるか。

自分=相手であり、自分がしたいことは相手もしたい、自分が嫌なものは相手も嫌と、
それぞれ価値観や考え方が異なることに思い当たらなくなります。

それが本当に全く同一の価値観のまま一生変わらないなら上手く行きますが、
同じ人間ではない以上どこかで違いが生まれます。

そうなると、自分と同じでなくなってしまった相手は自分と同じ気持ちじゃなくなった、
つまりもう愛情が冷めた、嫌われたと思い込みます。

そして自分と同じ価値観を相手に強制し、相手が従えば愛されていると満足します。

そこには相手と自分を個として認めるという考えは存在せず、
自分が望まないことを相手が望んだりすることはあり得ないので思いつきもしません。

自分がくっつきたいのであれば相手はくっつきたい。
自分は愛しているなら相手にお金を与えてるが、お金をくれない相手は愛してくれていない。

自分=相手という思い込みから抜け出せない。

周りが見えている・見えていないではなく、
同じ気持ちでも人それぞれに感じ方・考え方・表現の違いがあることを認められないのが依存だと思います。

あくまでも個人的な考えですけどね。


73:名無しさん :2012/08/28(火)
恋愛感情は薄れても、
彼女が元彼と会ってなにしてるか分からないと嫉妬するのはなんなんだろうか


74:名無しさん :2012/08/28(火)
本当に自立してたら博愛だろうよ。それだけでいいよ。
そこにわざわざ特別な誰かとの関係を作るんだから、それは単純に純粋に愛だけの話にはならんよ。
結婚になれば余計そうだと思うよ。色んなしがらみが出来る。責任も出来るわけで。
簡単に、はいさよならってわけにもいかない。


75:名無しさん :2012/08/28(火)
>>74
相手と自分は同一ではないと認めた上で、誰かひとり、特定の人間を選ぶ。
どこか似通った、それでいてどこか異なるからこそ支え合える。

確かに理想ですが、誰にとっても実現不可能なことではないですよね。

また、この場合は自立した愛情であっても誰か特定の人を愛しているので、博愛とは大きく異なります。


76:名無しさん :2012/08/28(火)
>>75
誰か特定の人を愛する必要はあるのかってことですよ。

依存してるところが全くないかって話ですよね。
支え合うのもいいですよ。
でもそれって依存してるところがあるってことでもあるんじゃないですか。


77:名無しさん :2012/08/28(火)
>>76
私が言う「依存」は恋愛としての依存であり、
「共依存」と呼ばれるものに違いものをそう読んでいます。

あなたの言う「人は誰かに頼ることで支え合えることができるよね」といった「社会的な依存」は、私がここで言う恋愛的共依存とは異なります。

むしろ社会的依存は「個の認識に基づく信頼関係」であり、私の言う恋愛依存とはむしろ対極に位置するものです。

依存という言葉にも色々な意味があると思います。

私はあくまで「恋愛的共依存は自己愛である」と言っているのであり、
あなたの思う「良い依存」を否定しているわけではないので、安心してください。




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66:名無しさん :2012/08/28(火)
>>64
依存と溺愛は似て非なるものだからなあ。

同じ周りが見えないくらい大好き!でも、

自立してるなら
「周りは見えてるけど見ないフリをして罪悪感を感じながらも我慢できない!」だし、

「周りって何それおいしいの?世界は相手と自分の二人以外存在する価値なんてありませんよ?」
なら依存

同じ相手に尽くしたい!でも、

自立してるなら
「幸せになってくれるならできることは何でもしたい!」だし、

依存なら
「自分がこんなに尽くしてるから相手が幸せにならないはずがない!そして自分を愛さないはずがない!」となる

きっちり自己認識できているのが自立、
自分と相手を同一視するのが依存。

言うなれば依存は自己愛の延長だから、
それが濃い愛情というのなら確かに濃いんだろうけど、「相手を愛してる」のとは少し違うよね。


67:名無しさん :2012/08/28(火) 20:00
>>66
でもやっぱりよくわからないや(´・_・`)
本当に見返りを求めない愛情を注げるなんて信じられないな。
ボランティア程度の精神だったらそりゃ見返りなんていらないけどさ。

彼女への気持ちが冷めてくると特にそう。
自分では見返りなんていらない愛のつもりだったのに、
実は見返りが欲しかったんだと気付いて愕然としたよ。


69:名無しさん :2012/08/28(火)
>>67
だから、見返りと依存は全くの別問題。
自立していてなおかつ見返りを求めない人もいる。
依存していて見返りを求めない人もいる。

あなたは自分では見返りを求めない愛情を注いでいたんですよね。彼女はそうじゃなかった。

あなたと彼女はそうだったというだけで、世の中にはお互い見返りを求めないカップルも、WinWinの関係のカップルもいるでしょう。


70:名無しさん :2012/08/28(火)
>>69
いや、俺も彼女もおそらく相互依存でお互いに見返りを求めて自己愛の延長上で相手を愛していた。
ただ、お互いの行動に違和感をもって、なんでわかってくれないんだ?という気持ちが大きくなるにつれて愛情も冷めて行った。多分お互い冷めて行った。
それに気づくまでは、ある程度無償の愛のつもりだったけど。

依存は、矮小化してしまえば周りが見えているかどうかってことなのかな?


71:名無しさん :2012/08/28(火)
理想論だよなぁ。
自立してたらくっつく必要も無いし。
どこかしら依存し合ってるところはあると思うよ。
喧嘩とかぶつかり合いもあるだろうし、マリア様じゃあるまいし、なかなか難しいよ。