終戦の年、昭和20年
日本海軍は無きに等しく、
アメリカ軍の飛行機が日本上空を自由に飛びまわれるようになると
アメリカ軍は日本の軍事基地だけでなく、
一般市民までも巻き込む都市爆撃に作戦を変更しました
こうしてはじまったアメリカ軍による「無差別爆撃」
その最たる例が約2000トンの爆弾を積んだB29爆撃機334機による
東京大空襲です
あまりにも東京大空襲が有名だったので、
その当時の空襲は東京だけだと思っている人もいるらしいですが、
終戦間近の当時、アメリカが日本に投下した爆弾は
東京、名古屋、大阪、神戸、横浜、熱田、函館、仙台、釜石、室蘭、小樽・・・
北は北海道から南は沖縄まで、全ての主要地域に投下していました
アメリカは国のお金をミサイル購入につぎ込み、とにかく日本に落としまくった
これだけ爆弾を落とされても、日本は降伏しなかったのです
この映画の舞台になっている名古屋も38回の爆撃を受けました
アメリカ軍の記録によれば、B29爆撃機486機による2563トンの爆弾が投下され、
名古屋市北部の80%が焼失したと記されています
死者の数は数えるのも嫌になるほどです
この空襲でも「焼夷弾(しょういだん)」が使われました
焼夷弾(しょういだん)とは、油を使った爆弾です
爆発と同時に大量の油が飛び散るため、広範囲を燃えつくします
当時、木造ばかりだった日本の民家は、あっという間に燃え尽きました
この名古屋爆撃の際に
アメリカ爆撃機も数機撃墜されていて、
パラシュートで降りてくるアメリカ兵が38名いました
「さんざん爆弾を落としておいて、
自分達だけ捕虜になり生き延びようとは虫が良すぎる」
日本兵はアメリカ兵を捕虜として扱わず、
簡易裁判だけ行ってアメリカ兵全員の首を「刀」で切り落としました
銃殺ではなく「刀」というところが独特ですね
正式な裁判を行わずアメリカ兵を処刑してしまったことが
戦後の軍事裁判で問題になってしまいます
次回「明日への遺言(2007)」連載(中) ~戦争のルール~
