天下三分の計(てんかさんぶんのけい)を成し遂げた劉備(りゅうび)
しかし、曹操(そうそう)軍の戦力は80万!
劉備(りゅうび)軍2万、孫権(そんけん)軍3万
「3つの国」と言えば聞こえはいいが、
実態は全く違う
中国人口のほとんどは中部に集中している
だから中部を支配した曹操(そうそう)の力は絶大だった
それに比べて南部は人口の少ない港町みたいなイメージ
劉備(りゅうび)の蜀(しょく)は、偏狭の地なので人口は極めて少なかった
だから本当に3等分されていたのは土地の広さだけだったのである
80万と5万
誰が見ても勝ち目はない
しかし、孔明だけは勝利を確信していた
だが、そのためには孫権(そんけん)と同盟を結び、
曹操(そうそう)と戦わせる必要がある
当時の孫権(そんけん)軍は
「開戦」か「降伏」か
意見が真っ二つに別れていた
ところがそこに孔明が一人で乗り込んできて
巧みな話術で「降伏希望」だった政治家たちを「開戦」へと説得してしまう
つまり孔明は、手ぶらで他国へやってきて、
一国の方針を変えてしまったのである
そして遂に、
三国志前半のクライマックスである
「赤壁(せきへき)の戦い」(レッドクリフ)へと突入する
曹操(そうそう)軍80万
VS
劉備(りゅうび)・孫権(そんけん)連合軍5万
果たして、どんな結末が待っているのか?
(動画)