「殺伐とした街に乱立するビル。そこに生きる人々の孤独」

これが、私が上京したての頃に描いていた「都会」のイメージ。
隣に住んでいる人の顔も知らず、多くの人が行きかう街でもお互い干渉しない、
よく言えば自由、悪く言えば孤独、それが都会なのだと思っていたのだが・・・

どこ探しても「孤独」がない

初めて上京したとき、知人に連れられて原宿に行ったことがあったが、
どこにでもありそうな田舎町の駅だった。

「こんな小さいやつが原宿駅?(ΘεΘ)」

勝手な言い草だと思われるかもしれないが、そもそも人は勝手な夢想を描くもんである。
「渋谷ハチ公」を一目みたいとやってきたら、何の変哲もないちっぽけな犬の銅像で、
由来も意味も分からない若者から「うちの犬のほうが全然可愛い」と言われてしまいそうな有り様に
泣いた人もいるだろう。

古びた田舎の風情を求めてやってきた温泉旅館が、
ででーんと大きなレジャーセンター風のホテルでがっかりした人もいるはずである。

私も同じで、原宿にはでっかいお店が立ち並んでいると思っていたのに、
現実には手なずけられたプードルみたいな店が集まる無邪気な街だった。

私の身近なところにも、これといって「都会の孤独」が見当たらない。
朝起きて窓を開ければ、近所の赤ん坊の泣き声がファンファーレのごとく鳴り響き、
昼間ともなれば、近所のガキども、いや、子供たちが
「ちゃんとボール取れよ~」→「ごめんよ~」→「ほらーまたボールいったぞー」といって
遊び声が夕食時まで途切れない。

13年も同じ地域に密着して生活していると、
どこもかしこも知り合いだらけになってしまい、私が仕事で外出しているときでも、
床屋の子供たちが家にどかどか入ってきてドラクエのレベルを上げてくれたりもした。

一度も行ったことないが、年に一回「ハッスル商店街 カラオケ大会」のお誘いチラシが配られる。
テナントビルが建ち並び、通りを車が往来し、わずかな空間さえないこの街のどこかで、
カラオケ大会をやるつもりらしい。

どうみても、どう考えても、孤独ではない。
その気になれば、三越や丸井へ歩いていけるくらいの距離に住みながら、
この有り様はどうしたことかと、私は唖然としてしまう。

でも第二の故郷になりつつあるこの街を、最近は結構気に入っている。
スーパーに財布を忘れて戻ってみたら、バイトしている女子高生が財布を取っておいてくれた。
私の想像する都会だったら、間違いなく盗まれているはずの財布である。
「盗もうと思えば盗めたのに、取っておいてくれてありがとう」と言ったら、その女子高生はこう言った。

「監視カメラがあるので、盗めません (-_- )」

私はそんなこの街をだいぶ気に入っている。