80年代後半
ビジネスとして成長し、商品価値が生まれ、参入してきた企業達によって
世界中のボーダーたちが一つの場所に集められました。
これを機にスノーボードは劇的な変化を遂げます。

各地域で有名だった選手達は、世界各国で活躍していたプレーヤーの技を見て興奮しました
中でもフリースタイルは注目の的となり
その表現に富んだ滑りが、今後のボード界の運命を左右します

昔はスノボーも「レース」が主流でしたが、あまりに競争的で過酷
でも「ハーフパイプ」は一言でいうと「子供の遊び」に近い
のちにこの「自由度の高い、見ていて楽しいスポーツ」は、
テレビ・雑誌などで取り上げられ、またたくまに世界中を虜にしていったのです。



90年代に入るとスノボーは新時代に突入します。
スキー業界にとって、スノボーは邪魔な存在でしたが
売り上げに貢献したのは、まさにそのスノボーでした。

ボードを禁止するスキー場はもはや時代遅れ
昨年まで「ボード禁止」と謳っていたスキー場も、翌年には「ハーフパイプ完備」に。
その下には「スキーヤー滑走禁止」の看板が。
つまりは「お金」なのである。

スノボー人口は増えるばかり。
90年代の爆発的な人気で、主流は完全にスノボー
マスコミが群がり、企業が次々と参画してきました。
中でも影響が大きかったのが「日本」です。


東京ドーム「X-TRAIL JAM」

日本の「スノボーブーム」は世界を圧倒していました。
そもそも日本人は「ブーム」に弱い
みんながはじめれば自分もやりたがる傾向が強い。



アメリカでの扱いとは大違いで、来日すればさながらロックスター扱い
一番当惑したのは選手達だったようです
日本はもっとも企業戦略にはまってくれた国だったのです。
もともとスキー人口の減少に頭を悩ませていてたスキー場は、
この現象に笑いが止まらなかったであろう。



でも、好きなことをして生活できるのは幸せですね~(´∀`)
彼らを見ているとそれを痛烈に感じます
何事も一流になればこそなんですねぇ


次回「ファースト・ディセント(2005)」連載最終回 ~スノボーの果て~