久しぶりにブログを更新します。

ほぼ1年ぶりです。

ははは。

 

いろいろありましたね。

昨年の2月に適応障害になりました。

今もその影響は大きくあります。

なにごとにつけてもやる気がないといわれる。

病気になった人は、人と話すことですら普通の3倍くらいの力が必要になるが

周囲は理解してくれない。

当たり前。

でも1度なってしまえば、病気の人に対する考え方が180度変わる。

 

上司が変わりました。

前の上司に比べて、パワハラ度が10倍くらいアップしました。

凄いは!

我が社!

こんなのばかりだな!

 

昔から人の目を気にしすぎる私なのでどうしても気になる。

考えるだけ時間の無駄と分かっていても

考えてしまう。

少しずつ努力して改善して・・・

なんてのも無駄

まあ生きる手段を間違ったんだろうね。

と思う。

 

周囲が気にならない、パワハラ上司に関与しない

そんな世界で住みたいと思ったら

自分で作らないといけないんだろうね。


部下に責任転嫁する。

自分の意にそぐわぬことが起こったら、部下に責任をなすりつける。

なすりつける方法は、簡単である。

「そんなことは聞いていない」と部下に怒鳴って終わり。



なにがあっても「そんなことは聞いていない」

どんなにしっかり説明していても

「もっとしっかり説明しないお前が悪い」

で終わります。

「また責任をなすりつけられたよ」

だけで終わらない。

考えてみよう。

最終的に部下に全部責任をおしつけるとした場合どうなるか?


上司にしっかりと報告しました。

上司は真剣に聞いてくれません。

当然です。

最終的に部下に全部責任を押し付ける。



上司にしっかり連絡しました。

上司は真剣に聞いてくれません。

当然です。

最終的に部下に全部責任を押し付ける。



部署の問題点を上司に相談しました。

上司は真剣に聞いてくれません。

当然です。

最終的に部下に全部責任を押し付ける。



上司と部下では権限が違う。

仕事上できることが違う。

やらなければならないことも違う。

それを全部、部下に押し付ける。

当然、できるわけはない。

上司はなにも感じません。

当然です。

最終的に部下に全部責任を押し付ける。



部署が崩壊の危機に直面して

たまらずに、勇ましい部下が上司に詰め寄ります。

上司はそのことが腹立たしいみたいです。

次の日に、別の部下を呼び文句を言います。

「俺はきいていない」

となります。

しっかりと説明しています。

しかし、最終的に部下の責任にすればよいので

説明したときに、しっかりとなんか聞いていません。


能力がないものだから

部下に言えることが

「どうするんだよ」「どうするんだよ」と部下に詰め寄ることは頻繁にあります。

周囲の全員は「それ、お前の仕事だろ」と感じています。



「部下に責任転嫁する」

そんなことを平気でできるだけで

これだけ上司の業務が楽になります。

報告だろうが、連絡だろうが相談だろうが

一切真剣に聞く必要がありません。

当然です。

最終的に部下に全部責任を押し付ければいいだけですから。

ホウレンソウが大事ですか・・・・

そうですか。

楽しい職場ですね。
会社で知人の話
彼は人生の達人である。
話していて面白い。
自分に正直である。
なにより「流す」のが得意である。
彼の周囲の人は、よく笑っている。
ちなみに、定年が近いおじさんである。

彼は歌うことが趣味である。楽器を演奏するのも趣味である。
48歳からギターを覚えた。
今はピアノに挑戦中である。

彼は、人生について話すときは必ず歌のことがでる。
苦労したこと、褒められたこと、今ピアノで頑張っていること・・・

彼が歌うのに目覚めたのもギターを覚えるのと同時期らしい。
彼には師匠がいる。
その師匠の教え方が上手く「歌うってこんなに楽しいのか!」と感じたらしい。

彼に言わせれば「人生で5本の指に入るくらいの先生」らしい。
出会いとは素晴らしいものである。

「良い先生に出会えた」と彼はよく言う。
先生の人柄、教え方の上手さ、なにより相手を感化させるだけの人としての大きさが必要だろう。
ひとつはその通りだと思う。

私はもうひとつ必要なものがあると感じる。
それは、受け取る側の人間性が大きく影響していると感じる。
同じ言葉でも、同じ教えかたでも、受け取る側の心が狭いとこんな関係にはならないと思う。

心が狭い人は、常に文句ばかり言っている。
ちょっとした間違いを勝ち誇ったかのごとく、ことさら大きく騒ぎ立てる。
ギャーギャー言うんじゃなくて、教えてやればよい。
それだけの話である。

正誤でいったら「あなたは、正しい」
だけど、周りの人は「だからどうしたの?」と感じその人の周囲には人は集まらなくなる。
そのことが正しくても周囲に人は集まらない。
先生に出会っても、ちょと気に食わなければ文句ばかり言っていたりするだろう。
そして出会いの機会も、おそろしく少ない。
他の人が紹介したり誘ったりしないからだ。

逆に、定年が近いおじさんの周囲はいつも笑顔がいっぱいだ。
他人の間違いなど、さらっと流す。
周囲の人は、みんな本音、冗談交じりで会話する。
受け取る側の心が広いと、笑いがあり、出会いがあり、見えるものが大きく違う。

定年が近いおじさんが
歌に出会い「歌うってこんなに楽しいのか!」と思えるようになったのも
受け取る側の人柄にも大きくよると思う。