2008年6月
5月に引き続き忙しい日々が続いていました。6月に入って少ししてから、3日程
ずる休みをしました。会社には病院で検査があると言い、朝は普通に家を出て
妻には出勤しているように見せかけました。その3日間何をしていたかというと
半日は、診療内科へ行き薬をもらったのと、後は海岸の堤防に車を止め、ひ
たすら泣いていました。この時車で堤防を猛スピードで走り、壁に激突して死のう
と何回か試みました。しかし、壁の手前でスピードを緩め激突することは、ありま
せんでした。そんな行動も自分への嫌悪感を呼びますます落ち込んで行く
一方でした。しかしおかしいのが夕方以降、夜になると少し気分が落ちつくという
ことです。
6月の後半になると少し薬が効いているのか、週に1・2日位は落ち着いた日も
ありました。しかし、睡眠は3時間程度、1時間ずつの3回繰り返しでした。
この頃からのタイムスケジュールは、朝4時には目覚め何をするわけでもなく
ただ不安な気持ちのまま7時頃が来るのを待ち、洗濯を乾し、妻の弁当そして
朝食を作り、妻と息子を起こし朝食をたべさせ、8時前に息子を連れ家を出て
保育園に送る。そしていつもの行動、会社になるべく遠回りをして泣きながら
出勤。昼休みは堤防に車を止め弁当を食べ、ぼーっとするか、調子の悪い
時は、激突死を考え行動する。(結局勇気がなくて死ねないのだけれど)
また、泣きながら遠回りをして会社へ帰る。深夜1時まで仕事か、20・21時
頃に帰宅し、深夜1時ごろ就寝というか布団へ入る。(酒を浴びるように飲む
ようになる)こんな感じでした。
変な話し「死のうという気持ち」がなくなるまで、息子に助けられたというか、
そんな出来事が多々ありました。
私の気持ちが、子供には伝わっていたのかもしれません。朝から物凄く落ち
込んでいる日は、そのまま会社には行かず「死んでしまおう。」と思っている
日に限って、保育園に着いて車を降りる息子が私に向って「パパ死なんといてよ」
と笑顔で言うんです。びっくりです。1度や2度の出来事ではありません。
そんな日は、力を振り絞って会社に行くことが出来ました。しかし年明けから
熱の無い日がありません。
5月に引き続き忙しい日々が続いていました。6月に入って少ししてから、3日程
ずる休みをしました。会社には病院で検査があると言い、朝は普通に家を出て
妻には出勤しているように見せかけました。その3日間何をしていたかというと
半日は、診療内科へ行き薬をもらったのと、後は海岸の堤防に車を止め、ひ
たすら泣いていました。この時車で堤防を猛スピードで走り、壁に激突して死のう
と何回か試みました。しかし、壁の手前でスピードを緩め激突することは、ありま
せんでした。そんな行動も自分への嫌悪感を呼びますます落ち込んで行く
一方でした。しかしおかしいのが夕方以降、夜になると少し気分が落ちつくという
ことです。
6月の後半になると少し薬が効いているのか、週に1・2日位は落ち着いた日も
ありました。しかし、睡眠は3時間程度、1時間ずつの3回繰り返しでした。
この頃からのタイムスケジュールは、朝4時には目覚め何をするわけでもなく
ただ不安な気持ちのまま7時頃が来るのを待ち、洗濯を乾し、妻の弁当そして
朝食を作り、妻と息子を起こし朝食をたべさせ、8時前に息子を連れ家を出て
保育園に送る。そしていつもの行動、会社になるべく遠回りをして泣きながら
出勤。昼休みは堤防に車を止め弁当を食べ、ぼーっとするか、調子の悪い
時は、激突死を考え行動する。(結局勇気がなくて死ねないのだけれど)
また、泣きながら遠回りをして会社へ帰る。深夜1時まで仕事か、20・21時
頃に帰宅し、深夜1時ごろ就寝というか布団へ入る。(酒を浴びるように飲む
ようになる)こんな感じでした。
変な話し「死のうという気持ち」がなくなるまで、息子に助けられたというか、
そんな出来事が多々ありました。
私の気持ちが、子供には伝わっていたのかもしれません。朝から物凄く落ち
込んでいる日は、そのまま会社には行かず「死んでしまおう。」と思っている
日に限って、保育園に着いて車を降りる息子が私に向って「パパ死なんといてよ」
と笑顔で言うんです。びっくりです。1度や2度の出来事ではありません。
そんな日は、力を振り絞って会社に行くことが出来ました。しかし年明けから
熱の無い日がありません。