ダンナの実家より、帰って参りました。

帰省中も帰ってきてからも

たくさん泣き、ダンナともめて

ひたすら疲れた日々でした。。。


多ければ多いほど良い。

何でもかんでもあげるのが良い。

とされる、あの地方の(?)おもてなし文化は

私にとっては苦痛の方が大きく。


それでも

「良かれと思ってやって(言って)いるんだから」と

全て有難く受け止めなければならないのか。


本人たちがいくら親切のつもりでも

受け取る側が、恐縮や申し訳なさ

苦痛を感じてしまうのでは

それは親切ではなく

自己満足でしかないのではないかと思ってしまう。


だけどそんなの、誰にも伝わらない。

全ては、「良かれと思って」やっていることだから。

ダンナも、そちら側の気持ちに近いから。

だから、そのことで私がいくら苦しくても

「何がそんなに辛いのか?」と理解されない。


別にね、理解してくれなくても

共感してくれなくても良いんだよ。

私とダンナは違う人間なんだから

同じ事を体験しても、感じ方は違うだろう。


だけどね、ただ受け止めてほしい。

私は辛いってことを。

ダンナや他の人にとっては何でもないことでも

私は苦しんでるんだってことを。


それを、「良かれと思ってやってるんだから」

「何でそんなに辛いんだよ」と言われてしまうと

私が苦しむことを否定されているようで

どうしようもなくなる。


それを、泣きながらポツリぽつりと訴える私。

一応、言葉は選んでいるものの

うつ病の人への配慮は完全に欠けている。


それ以前に、両親の息子であるダンナへの

配慮すらも欠けているだろう。

ダンナの実家を否定するわけではないけれど

私が苦しんでることを認めるってことは

その原因が、ダンナの実家にあるということも

認めなければならないだろうから。


本当なら、ダンナに言うべきことではないんだろう。

でも、言ってしまう。

私の気持ちを一番わかってほしいのはダンナだから。

私の自己満足。。。


ダンナは、父親から『何かちょっと違うよな?』

と思うようなことを言われても

「(内容はともかく)思ってくれている気持ちは

伝わってくるから、それだけで有難い」という。


私は間違っていた。

これまで、ダンナに余計なことを言われると

ダンナが辛い思いをするから

だから何も言わないでほしいと思っていた。


でも、違う。


辛いのは、ダンナではなく私だった。

ダンナはすーっと受け止められるのに

私は受け止められない。

言われたくないのは、私だった。


だから、義父が勘違いなことを言えば

そうじゃないんだと説明する。

でも、ダンナも義母も

「悪気があって言っているわけじゃないんだから」と言う。


言う側の気持ちの問題なの?

良かれと思って言っていたら

ずーっと勘違いさせたままで良いの?

勘違いはその場で訂正すべきじゃないの?


たぶん、敏感になり過ぎているんだろう。

受け止められないのは

私の柔軟性の問題か。



そんなわけで

やっぱり苦痛だった二泊三日。

プラス余韻が残った昨日の半日。


ダンナに言いたいことを伝え

涙を出し尽くしたら

徐々に落ち着いてきました。


ここからは、気持ちを日常に切り替えて

もう、考えないようにしようと思います!

年に1、2度あるかないかのことに

長時間悩まされてももったいないしね。

よし!忘れよう!!


だらだらと深刻そうに書き綴ってしまいましたが

周りから見たらきっと

「何をそんな大げさな」と思うような

小さなことばかりだと思うので

どうかお気になさらずに。


みなさん、温かいコメントありがとうございました☆



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