私は、Twitterのツイートを全削除し、アカウントを削除した。

理由は、Twitterをしている時間が自分のためにはならないことが分かったためである。

所属しているアカペラサークルのほとんどがTwitterをしているがしていない人もいる。

はっきりとした理由は知らないが、あまり自分のことを公表したくないのだろう。

 

私もどちらかといえばあまり自分のことを公表(?)したくない性格である。

対して知りもしない人(直接会ったことがなく、ネットだけのつながりの人)に自分の生活や発言を発信する気にならない、というのがアカウントとツイートを全削除した一番の理由だ。

 

高校時代の生徒指導の先生が集会の度に「君らのつぶやきは世界に向けて発信されていることを忘れてはいけない」という言葉が、卒業して2年以上経つ今も忘れられないことも理由の一つだ。

こんなことが理由に入るのか、と思われる方もいるだろう。

私のくだらないツイートが(非公開アカウントに設定しているにしろ)世界に向けて発信されているのかと思うと馬鹿らしく思えてきた。

ツイートをする理由も大してないくせに。と自分の中でどこか感じながらツイートをし、お気に入りをされた通知を確認している自分が嫌になったのだ。

 

自分のためにならないとはっきりと分かったことは、やめるべきだと今更ながら感じた。

 

これからは、自分の感じたことや日々のことを忘れぬようにこのブログに書き記そうと思う。

 

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今回のタイトル「声」は、先ほど述べたTwitterの件と、私が人の声が好きなことをこれから書くためにつけた。

 

というわけで今日は「声」について。

 

人の声はとても不思議だ。

感情でまるで声の質や高さ、温度が変わるのがとても面白いし興味が惹かれる。

男声と女声、好みが少し異なるので分けて記そうと思う。

 

男声の場合、低いから良い、というわけではない。温かみのある声が好きだ。

少しハスキーで聞いていて落ち着く声が好きだ。ハスキーでなくても、男声の中でも低くも高くもない中音域な声ってなかなかいない(と私は感じている)ので、中音域な声も好きだ。

 

女声は、甘さが控えめで少し大人っぽい低めの声が好き。ふとした時に甘さを感じる声がものすごく好き。例えば、気心の知れた友人たちと談笑している時だとか、好きな人と一緒に話している時だとか。

 

表情と声って本当に連動しているのだなと思う機会が増えている。

 

 

あぁ〜誰かと話したくなった(笑)