

<チラシ裏面>
武士道とは神儒仏、つまり世界では、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教が争っているが、しかし“和の心”を愛する日本では、神道、儒教、仏教が融和することによって、武士道教育を完成させて、日本人の心の中に、“サムライの心”、“武士の心”を育んできたのである。
神社は八万社、仏閣は七万六千、合計約十六万もの宗教施設がある日本。コンビニが四万件だから、いかにこれが多いかは誰でも分かる。
かつてのサムライたちは剣の修行の中で、心を落ち着かせるために精神統一を行い、座禅を組んでいた。座禅とはまぎれもなく仏道修行のことであり、昔の日本人は朝、起きれば仏壇、神棚に手を合わせ、神仏の御前で、心を謙虚に、素直に生きていくことなど、もはや当たり前のことであった。
選挙の投票率は50%を切り、若者たちの政治離れが問題となっている今の日本において、日本人は“政治”と共に“宗教”の大切さも忘れてしまっているが、しかしかつての日本にとって“宗教”とは、ごくごく当たり前のものであった。そもそもこの“宗教”という言葉自体、明治期に“レリュジョン”という言葉が日本に入ってきて、造語された言葉であり、それ以前は当たり前すぎて“宗教”という言葉さえ無かった。
かつて当たり前であったものを忘れてしまった日本人、それに伴って同時に失われたのが武士道であり、サムライ精神である。
そしてその弊害が日本人に今、大きく出ている。なぜならかつての日本人にとって、天下国家に対して“志”を持ち、日々を生きていくことなど、もはや当たり前のことであった。
真のサムライは金よりも、酒よりも、女性ばかりか、友人や家族よりも、志を持って生きるということにこだわった。だから必然的に、国際政治にも、国内政治にも関心があった。
だから明治維新が起こり、日本は守られてきた。
しかし今、武士道精神が失われることで、政治への関心が薄れて、その結果、多くの日本人が、はたらけど、はたらけど、暮らし楽にならざり、じっと手を見るような、そんな環境下にある。
エンピツさえ買えずに修学支援を受ける子供たち、体を売って学費を稼ぐ年若き女性たち、老いた体に鞭打って工事現場で働かれるご老人、経済的侵略、領土侵略の危機。
また日本国内のみならず、世界に目を向ければ、貧困、紛争、差別によって、肌の色、言語、文化、年齢や性別を超えて、多くの我らの兄弟たちが苦しみ、悲しみの泪を流している。
彼らを救うのはサムライである。救えるのはサムライだけである。
武士道とは神儒仏、しかしその中の仏教が葬式仏教、観光仏教に堕した。
しかし仏陀は二千五百年前、入滅される時に、「我、東の国にて再誕す」と言い残されて御帰天された。その“仏陀再誕伝説”は、インド外れのアジャンタ石窟寺院にて伝えられ、さらにアジャンターの村人ならば、誰もが「二千五百年後に仏教が伝わった東の国に仏陀が再び現れる」という伝説を知っている。
仏陀は、武士道精神が失われてしまった、この太陽が昇る東の国・日本に再誕された。
武士道とは神儒仏、しかし仏教が葬式仏教に堕したが、仏陀が日本に再誕された今こそ、日本人はその心に宿りし武士道精神に火をつけて、他人の悲しみや泪を己のものとして、天下国家のために立ち上がるべきなのだ。
日本のみならず世界はサムライを待っている。
このチラシを受け取ったアナタが、サムライとして活躍し、鬨の声をあげて、獅子奮迅の活躍をされるお姿を、御仏と八百万の神々が待ちわびている。
与国秀行
神社は八万社、仏閣は七万六千、合計約十六万もの宗教施設がある日本。コンビニが四万件だから、いかにこれが多いかは誰でも分かる。
かつてのサムライたちは剣の修行の中で、心を落ち着かせるために精神統一を行い、座禅を組んでいた。座禅とはまぎれもなく仏道修行のことであり、昔の日本人は朝、起きれば仏壇、神棚に手を合わせ、神仏の御前で、心を謙虚に、素直に生きていくことなど、もはや当たり前のことであった。
選挙の投票率は50%を切り、若者たちの政治離れが問題となっている今の日本において、日本人は“政治”と共に“宗教”の大切さも忘れてしまっているが、しかしかつての日本にとって“宗教”とは、ごくごく当たり前のものであった。そもそもこの“宗教”という言葉自体、明治期に“レリュジョン”という言葉が日本に入ってきて、造語された言葉であり、それ以前は当たり前すぎて“宗教”という言葉さえ無かった。
かつて当たり前であったものを忘れてしまった日本人、それに伴って同時に失われたのが武士道であり、サムライ精神である。
そしてその弊害が日本人に今、大きく出ている。なぜならかつての日本人にとって、天下国家に対して“志”を持ち、日々を生きていくことなど、もはや当たり前のことであった。
真のサムライは金よりも、酒よりも、女性ばかりか、友人や家族よりも、志を持って生きるということにこだわった。だから必然的に、国際政治にも、国内政治にも関心があった。
だから明治維新が起こり、日本は守られてきた。
しかし今、武士道精神が失われることで、政治への関心が薄れて、その結果、多くの日本人が、はたらけど、はたらけど、暮らし楽にならざり、じっと手を見るような、そんな環境下にある。
エンピツさえ買えずに修学支援を受ける子供たち、体を売って学費を稼ぐ年若き女性たち、老いた体に鞭打って工事現場で働かれるご老人、経済的侵略、領土侵略の危機。
また日本国内のみならず、世界に目を向ければ、貧困、紛争、差別によって、肌の色、言語、文化、年齢や性別を超えて、多くの我らの兄弟たちが苦しみ、悲しみの泪を流している。
彼らを救うのはサムライである。救えるのはサムライだけである。
武士道とは神儒仏、しかしその中の仏教が葬式仏教、観光仏教に堕した。
しかし仏陀は二千五百年前、入滅される時に、「我、東の国にて再誕す」と言い残されて御帰天された。その“仏陀再誕伝説”は、インド外れのアジャンタ石窟寺院にて伝えられ、さらにアジャンターの村人ならば、誰もが「二千五百年後に仏教が伝わった東の国に仏陀が再び現れる」という伝説を知っている。
仏陀は、武士道精神が失われてしまった、この太陽が昇る東の国・日本に再誕された。
武士道とは神儒仏、しかし仏教が葬式仏教に堕したが、仏陀が日本に再誕された今こそ、日本人はその心に宿りし武士道精神に火をつけて、他人の悲しみや泪を己のものとして、天下国家のために立ち上がるべきなのだ。
日本のみならず世界はサムライを待っている。
このチラシを受け取ったアナタが、サムライとして活躍し、鬨の声をあげて、獅子奮迅の活躍をされるお姿を、御仏と八百万の神々が待ちわびている。
与国秀行