ども うつの助です。


さて、前回で残っている不安のことを

書きましたが、果たしてその後、

不安は解消されたのでしょうか?




第3話


不安と言うのは、何かと言うと、

「今後の自分の仕事」です。

休職前の仕事に戻ってしまうと、

部下を扱わなくてはなりません。

やっぱり部下を扱えなくなって

再度病気になってしまうのでは

ないかと言う心配がありました。

もう二度と、会議で突き上げられる

ような状態にはなりたくなかったからです。



復帰時に、今後どういう仕事をするか

と言う話はされませんでした。

正式復帰後も、あまり仕事が無くて

休憩室で 携帯電話の i-mode を見たりして

ぷらぷらしてました。僕の契約は使い放題では無いので、

その月のパケット料金が跳ね上がって

びっくりしたものです。普段視たことの無い、パケットの

明細とか見ましたよ。間違ってんじゃないかって。



最初はそんなまったりした日が続きました。

しかし、不安は残っていたのでその話題を周囲に

話したりしていたのです。ここで僕が運が良かったのは、

新しく入って来た人が、僕の代わりに嫌な仕事をしていて

くれたからです。なんとうれしい!!

(その後、彼とは非常に親しくなり、

今では会社で一番仲の良い人です。)

でも、時期が来たらまたチームのリーダー

に戻されるんじゃないかとびくびくしていた

のです。



そんな中、今まで上司を務めていたT部長が

転勤になり、代わりにK部長が昇格する形で

私の上司になりました。K部長はもともと

同じ部署内で一緒に仕事をしていたので、

気心は知れてました。T部長よりもうまは

合いそうでした。


さて、上司も変わり、組織が動き始めました。

そして、復帰から三ヶ月たった頃、

K部長から帰り間際に声をかけられ、

別室に連れていかれました。



何が起こるのでしょう!?

どこかへ異動?

それとも退職勧奨?



続きは第4話へ








ども うつの助です。


さて、いよいよ迎えた復職初日。

どんなことが待ち受けているのか?

みんなの視線は冷たいのか?

なにか環境の変化はあるのか?




第2話


ひさびさの出社当日  

朝は以前と変わらず、早めに

50分くらい前に到着しました。


部屋に入ってみると、まだ

ほとんどの人は来てません。

が、いつも決まって出社一番乗りの人がいたので

その人に挨拶をして、始まりました。

以前、自分がいた席に行ってみました

が、案の上、別の人が座っているようです。

自分の席は無くなってしまったのかな、

止むを得ないな、と思いつつ、

壁にかけてある出社表を見ました。

知らない名前がありました。

自分が休んでいる間に新しく人が入った

事をこの時点で知りました。

そっかああ・・・・・・・・


結局、席は、別のシマに設けられて

いたんですけどもね。



やがて続々と出社してくる社員たち・・・

挨拶を自ら積極的にしにいき、

気まずい時間は30分程度で終わりました。

表面的にはみなさん、友好的でしたよ。

心のうちはわかりませんが。


初めに、上司に呼ばれ、今後の予定について

話がありました。とりあえず2週間は時短出勤

で仮出社、その後、正式に復職となる旨

告げられました。しかし、2週間は欠勤扱い、

つまり給与も半額になるそうです。

なんだそりゃ・・・・聞いてねーぞ、おい。

と思いつつ、逆らってもしょうがないので

黙ってました。まあ、後に反省する事になるのですが

「言いたい事があるのに黙っている」

と言う僕の性格が、うつ病のひとつの原因では

ないかと思っているんですがね。


後ほど聞いた話によると、この欠勤扱いに

ついても、もともと正式なルールは無くて

直前になって決めたようです。

いい加減ですな、僕のいる会社は。



やがて2週間が過ぎ、正式に復職となりました。

定期的に朝通勤→夕方帰宅と言うのが

久々だったので、やや疲れましたが、

特に不調に陥ることなく、順調な立ち上がりでした。


しかし、僕にはある不安が根強く残ってました。



第3話につづく







ども うつの助です。


さて、これからは1回目の休職から

復職し、約1年3ヶ月後に

再度発病するまでの経緯を

たどっていきたいと思います。



第1話


さて、11月末で休職に突入したうつの助

ですが、年明けあたりからぼちぼち会社

からメールが来るようになってきました。

会社の決まりでは「三ヶ月は給与全額

支給だが、4ヶ月以降は半額になる」

と言う事になってましたので、

自分でも三ヶ月がひとつの区切りだろう

と思ってました。


1月の時点ではまだ会社の事を考える

とつらくなりましたが、2月初め頃から

ぼちぼち大丈夫かあと思えるようになり、

主治医から3月初め復帰のOKも

もらえました。この時は、休みが無くなる

とは言え、復帰できるうれしさが勝って

ました。これが2回目の休職となると

事情が変わってくるのですが・・・・・・・


2月の半ばに出社し、上司とも会って

その足で産業医のところへ向かいました。

産業医も「だいぶよくなったね!」と言う

事で、問題なく復職決定。

残りの2週間の休みが名残惜しかったですが、

すっきりした気持ちで復職を迎える事が

できました。



さて、いよいよ出社当日を迎えました。

何が待ち構えているのか?

どういう顔で同僚・部下に会ったら

いいのか?

冷たい視線だったらどうしよう!?

不安ですが、会社を退職する

つもりはありませんでしたので

意を決して行くしかない!!


次回の話は、出社後の話です。

続きます。








ども うつの助です。


結局、1回目の休職は三ヶ月で幕

を閉じるのですが、その間、

読書と映画にいそしみました。


読書は特に、この時期でないと

なかなか読めないような

長編にトライしました。

僕はホラー系かサスペンス系が

基本なので、記憶に残っているのは

宮部みゆきさん作「模倣犯」

と小野不由美さん作「屍鬼」

トーマス・ハリスの

「レッド・ドラゴン」「羊たちの沈黙」

「ハンニバル」の三部作です。


「模倣犯」と「屍鬼」は単行本で全

5冊にも渡る長編、これは長期休暇中で

しか読めないと以前から思ってましたので、

読み終わった時は休んでよかったなどと不埒な

考えをしてしまいました。


映画は、1回目の休職中にもたくさん視たはずなんですが、

この当時に視たという形で記憶に

残っているのは二コール・キッドマン主演の

「アザーズ」です。

これは衝撃的でした。

ゴーストものなのですが、

悲しくて、ショッキングな

これは名作です。

ホラーが好きでない人でも

お勧めです。


僕の1回目の休職中の心理状態は

「会社には迷惑かけているが、

ストレスは溜まらず、本もたくさん

読めていいなあ」

くらいなものでした。


困ったものかととも思いますが、

この程度の心理状態だったので三ヶ月で

復帰できたのでしょう。


さて、次回からは新シーズンに突入です。

「復職と再度の挫折」です。


ども うつの助です。


1回目の休職中にやっていた事の話、

第二話です。


ほんとにこの時は、冬と言う季節であった

事もあり、外出しませんでしたね。

ただ、家にいる時は布団にくるまって

寒さをしのぎ、暖房代を節約してました。

休職期間中は三ヶ月は給与満額出るような

会社の制度でしたが、評価は悪くなるでしょうし、

賞与は減るだとうと言う事で、やはりお金を節約しなければ

いけないだろうと思ってました。

この頃の発想が、今に至る節約習慣の

始まりです。


それまでは (BEFORE)

_________________

「欲しいモノがあれば(数万単位のモノ

でなければ)迷わず即買い。」


「コンビニに気軽に立ち寄り、すぐに

雑誌購入&お菓子買い食い」


「家の電気がついていても気に

ならない。一晩中階段の電気が

つけっぱなしになっていた事もよくある」

__________________



だったのが、1回目休職以降は (AFTER)



_____________________

「欲しいモノは値段をよく検討し、最安値を確認

した上で必要性について再検討、

その上でモノを購入」


「コンビニで買うのは定期購入している雑誌と

アイスのガリガリ君だけしか買わないのが原則。

基本、デザート等は食べたくても我慢する。

(ごく、たまに自分の中で購入を許してしまうが)

コンビニ漫画はブックオフで

100円になるのを待って買う。

寄ったら余計なモノを買ってしまうので

なるべく寄らない。使うコンビニは

Tポイントが溜まるファミリーマートのみ」


「家の電気はこまめに消す。それも神経質と思われる位に。

暖房は寒くて耐えられなくなるまでつけない」

___________________



えらい違いです・・・・・


以前は

「金はしょせん回り物。働けば給料が上がっていって

溜まるんだから、今使っちゃっても大丈夫!」

と考えていたのですが、うつ病により

給料右肩上がり放物線の雲行きが怪しく(というより無理!)

なってしまったので、今後は節約志向で行かねば!

と考え方を変えました。


これ、うつ病になってから取得した考え方です。

マイナスばかりのうつ病ですが、

うつ病になったゆえに得たモノも

あったんですね~。





さて うつの助です。

前回まででで第一回目の休職に

至る経緯をお話しました。

今後、少しの間、3ヵ月にわたる

休職期間中の話をいたします。

周囲から「いったい休職中は

何をやっているのか?」

と良く訊かれますので、

ちょっと詳細に書いてみようかなあと

思います。


第1話



まずは、1回目の休職の際の基本的な一日の

生活パターンです。(多少、変動ありますが)


朝  6:30 起床

  ~7:30 朝食 TV・新聞


   7:30

  ~12:00  二度寝タイム 

   (この時間はぐうぐう寝ます。至福の時)


昼  12:00

  ~13:00  昼飯  テレビ

   (当時はまだ両親とも働いていたので昼飯は作り置きが多かったです)


    13:00

  ~16:00  読書

   (途中居眠りをはさみながら本ばかり読んでました。一日文庫一冊を原則と自らに課しました。

    そんな原則課して何の必要があるんだ!! でもおかげで溜まっていた本が次々と消えていきました)

 

    16:00

  ~17:00  愛犬の散歩

   (まさに、一日の外出はこれくらいです。寒くて愛犬もあまり散歩行きたがらなかったですね)


    17:00

  ~19:00  TV・ネット等

   (ネットはこの時間以外にもちょこちょこやってましたが、TVは夕方のニュースをチャンネルを

    ザッピングしながらやたら視てましたね。重大な殺人事件もあって、やたら三面記事的情報が

    詳しくなりました。)



晩  19:00

  ~19:30  夕飯 TV

   (NHKニュースセブンを必ず視てました)


    19:30

  ~ 22:00  読書

   (夜も読書するので文庫一冊300ページモノなら課題達成でした。でも、分厚い文庫は

    二、三日かかりましたよ)


   22:00(正確には21:54)

  ~23:00   報道ステーション視聴

   (当時は必ず見てました。復職後しばらくは同番組のオープニングテーマ曲を聴くと当時

    の気持ちーまったりした平穏な気持ちーが浮かんで幸せな気持ちになったものです)


   23:00

  ~25:00以降  映画視聴

   (これが二度寝の原因です。しかし、何か有意義な事をしたかったので毎日視てました。

    映画を視る事がどこまで有意義かは人それぞれですが)



暇そうに見えて、実は忙しいんです。特に、文庫一日一冊読破出来るか出来ない

かのタイミングの時など、あせって集中して読んだりして。 当時は両親が二人とも

働いていて、愛犬が寂しがるのであまり家を留守にする事も出来ず、

図書館の利用も限定的でした。2回目の休職の際は

両親がリタイアした為、安心して外出できるようになりました。



ま、1回目の休職の際は最初から

幸福でしたね。
「ようやく休めた」と言う開放感ですか。



こんな事言うと休職を薦めているようですが、

やっぱり状況によってはお薦めします。

あまりにつらくて、きつい、自殺しよう、とか

思っている場合には特に大プッシュです。

まあ、そこまで行かなくても、

あまり重篤になる前に休んでしまった方

がいいと思います。(体験者による個人的意見)

念のため書きますが、休職するしないは

自分の判断ではなく、お医者さんの判断です。

要は、精神的にきついと思ったら、医者に

かかって、休職が適当との診断が下ったら

休職した方が良いということです。



ただし、今後の人生に影響は間違いなくあります。

その分、嫌な思いもします。
だからお気楽にやるものでもないってことで。








ども うつの助です。

さて、第5話で書いた「電車に飛び込むかも!?」

的心理状態のままの生活が続きました。

いよいよやばい!!

さて、どうなったのでしょうか?




第6話



いよいよ、露骨に顔色が悪く、

動作も鈍くなり、うつろな目を

している事も多くなりました。

(これ、僕特有かもしれませんが、

自分が今うつろな目しているなあ~

と言うのが、わかるんです。

でも、直す気力は無いんです)



既に7月から定期的に

通院してますので、

11月半ば、改めて主治医に自分の現在の

状態を話しました。


○ 物事に対して整理が出来ず、

  わけがわからなくなっている

○ 早朝覚醒がある。その後、

  会社へ行くのが異常につらい。


等の話をして、結果、主治医は休養が

望ましいとの判断をしてくれ、診断書も

出していただきました。



正直、診断書が出た時はほっとしました。

すぐに上司に連絡、引継ぎ等の為、いきなりは休ませて

くれませんでしたが、産業医との面談を経て

11月末に正式に休職となりました。

産業医いわく「あなたの歩き方を見て

うつ病だとすぐわかった。」そうです。

自分の心理状態のアンケートも

実施して、だいぶ状況が悪いと言われました。



こうして、1回目の休職に突入します。



なぜか1回目の休職まで話が進んで

しまいました。

タイトルに異議あり!!です。

お許しください。




ども うつの助です。

さて、上司からは仕事の評価無く、

部下からはびしびし突き上げられ、

四面楚歌の状態になってきました。

つらい・・・・・

逃げたい・・・・

会社に行きたくない・・・・・

こんな心理状態が、しばらく続きます。

しかも、好転のきざしはありません。

今回は当時の心理状態について

書いてみたいと思います。




第5話


この頃から、究極的に会社に行く

のが苦痛になってきました。

究極的と言うのは、怪我するなり、

事故に会うなりしてもいいから

会社に行きたくないと言うレベルの心理状態です。



この頃、快適であるはずの眠りに対してこんな気持ちに

なりました。


夜、寝る前に「この後、寝ると一瞬にして次の日

の朝なんだよな。すると、すぐに仕事に

行かなくてはいけないんだよな・・・・・

ああーーーーーいやだーーーー

もっと夜を楽しみたい。もっと起きていて、

仕事に行く時間をなるべく長引かせたい。

でも、遅くまで起きていると起床がつらくなる・・・

誰か時間をもっとくれ。

神様、助けてくれ~叫び


で、どうなったかと言うと、明け方に

起きるようになりました。

いわゆる、早朝覚醒と言う

やつです。でも、その当時は

つらいものではありませんでした。

むしろ4時ごろなどに起きると

「ラッキー!!あと2時間も会社に

行かなくて済む。」などと、快眠とは

まるで逆の発想になっていました。



また、普段から、僕は会社へは30分以上前

に到着するのが習慣になっており、

その習慣は継続していました。


しかし、会社へ行きたくないので

「ほんのわずかな時間でも会社と

離れていたい、でも、遅刻はしたくない、

家を出る時間も変わらないようにしたい・・・」

と言う気持ちになってきました。


で、どうなるかと言うと、駅のホームでうろうろです。

15分位ベンチに座ってぼーとする日々が

続きました。傍から観察してたら、

間違いなくおかしな人だと思います。

しかも、座っている間は多分うつろな目

をしていたと思うんですよ。


でも、びっくり!! 同じ行動を取っていた

若いサラリーマンがいたんです。同じ駅に・・・・

電車が来ても、乗る訳でもなく

ベンチに僕と一緒に座ってます。

思わず声をかけそうになりましたよ。

彼もなんか寂しそうな雰囲気だったなあ。



さらには、駅のホームの端を歩けなくなりました。

ご想像の通り、電車に飛び込みたく

なってきたからです。電車が来る瞬間は

何かにつかまって、自分を抑えるように

してました。

こりゃ、いよいよやばいですね~ Y(>_<、)Y



ども うつの助です。

ついに心療内科(精神科)の門を

叩き、本格的にうつ病への歩み

を始めたうつの助ですが、

そんな精神状態とは一切関係なく

仕事はどんどん進んで参ります。

当たり前ですね。




第4話


さて、心療内科へ通院している間も

苦しい出社は続きます。

でも、僕には医者から処方された薬に一定の効果がありました。

朝、晩、デパス等の薬を投与する事で

ある程度、出社時の嫌な気分が楽になりました o(^-^)o


それでもつらい日があり、ある時、

薬の変更をして強いモノに

変えてみました。

「デプロメール」と言うやつです。

すると、これが強烈!! ショック!

吐き気&眠気で、まともに仕事が

できない状態です。

会社で半ば酩酊状態!

その日はあまりの調子悪さに

早退をしました。すぐに元の薬に

戻し、事なきを得ました。


しかし、会社を早退する事はちょっと異常事態・・・・

そして、事ここに至り、T部長に告白をしました。

「現在精神科に通ってます」と。

2007年9月の事です。



そんな中、会社で組織変更があり、

正式に3人の部下(いずれも女性)

を持つことになってしまいました しょぼん


それまでは課長とは言え、

課長見習いのような立場で、

部下を指揮すると

いうよりは、なんとなく一緒にやっていくと

言う雰囲気でした。

でも、この組織変更で、

チームの責任者である事が

明確にされてしまったのです。しょぼん


本来であれば喜ぶべき事かも・・・

しかし、当時の僕の精神状態は

「負担が大きくなるだけ」

とマイナス思考ばかりでした。


部下のうち、一人は業務遂行能力は

僕より上と思われる実力派の部下

性格もずけずけ言うタイプです。

年齢も上なので僕はなめられまくりです。

別のもう一人も加わって、ミーティングでは

部下達から突き上げられるシーンが続きました


もう、僕って、何?何の為にいるの?叫び

部下から突き上げられる為にいるの!?


強烈に自分に対して自信が無くなってきました。

部下から相談を受けても、何を言っているのか

よく理解できず、また、こちらからも何を言って

いいのか頭が整理できなくなってきました。


いよいよ最終段階です。

2007年11月の事です。



第5話へ続く。



ども うつの助です。

さて、いよいようつの初期症状

「会社へ行くのが苦痛と感じる」

が始まってしまいました。

こりゃ、大変です。

そんな中、大阪からうつ病が

原因で同僚が転勤してきて!?




第3話



大阪から転勤してきた同僚はもちろん

幸せなはずはなかったと思います。

しかし、会社へ行く事が嫌で嫌でしょうがない

私としては、休職をしている事自体が

すごくうらやましく思えました。


(うつの助の心の声)

ああ・・・僕も休みてえええええ



そんな話を周囲に話していたら、

「一度、心療内科に行ってみた方がいいよ」

と言われました。

「行ってみたらよい経験になる」とも

言われたので、あまり良いイメージでは

なかったですが、意を決して行って

みました。すると、精神病として来ている人たちは

見かけは格別おかしな人たちではありません。

その辺にいる、おとなしそうな人たちばかりです。

「ん!? なんだ、僕と変わらないじゃないかかお



ここで、一気に精神病への垣根が取り払われて

しまったのです!! がらがらがらーーーーー



その後、数ヶ月して1回目の休職になるのですが、

休職中、僕はふとこう考えたことがありました。


「精神科へ行った事が、休職につながったのでは?

垣根があって、精神科へお世話になりたくないと頑張れば

人間的に成長して仕事の壁も乗り越えられたのではないか?」と


でも、その考えは今は間違っていたと思ってます。

多分、壁を乗り越えられずに悪化させた上で

最悪の結果(自殺)へ向かっていたかもしれませんドクロ

やはり、人間には適応力の限界があると思います。

成長できずに行き詰まり、逃げるように退職もしくは自殺の

ケースだったと思います叫び


このあたりの経緯が、2007年7月から8月の事です。

とりあえず、この時点では通院の事は

上司には秘密でした。ま、自慢できる事じゃ

ないですからね。



第4話へ続く