こんにちは。MIZUNOMです。
時間があるため連続投稿となります。
今回はなぜ僕が放置系ブラック研究室に所属することになったかについて書きたいと思います。
少々自分語りに入りますがご容赦ください。
まず、そもそも僕は自分でいうのもなんですが、かなり真面目で正義感の強い人間でした(頭が固いとも言う)。そんな僕は小さいころから消防士や医者になるのが夢でした。
しかし、いつしか「ありきたりな職業は嫌だ」という(中二病)をこじらせた私は、もっと視野を広げて別の職に就くために、一浪の末、某国立大学に入学しました。
未熟者だった高校生の僕には、それしか思いつかなかったわけです。この時からなんとなく発展途上国で働く人間を思い描いていました。
案の定というかなんというか、受験戦争を終え、一流大学を出れば自分も「勝手に」活躍できるような人間になれる!と思い込み、始めの大学3年間をただ満喫し、気が付くと大学四年生を迎えようとしていました。
まだ何も職業選択について考えていなかった私は、「理系だし、大学院も進むほうが良い」という何の根拠もない理由で大学院進学を決めました。
四年生で所属した研究室は、国際的に研究を行う、その分野では有名な研究室でした。
真面目だけが取り柄な私は研究室から歓迎され、タンザニアからのサンプルを用いて研究することになりました。なんの迷いもなく院試も受験・合格し、さあ本格的に研究を始めようと意気込みました。これが地獄の始まりでした。
渡された研究進捗はほぼ白紙であり、膨大なサンプルだけが放置されている状態でした。さらに、研究室は大量の留学生を抱えており、多忙で教授からのまともな指導はなく、他分野から来たD1が僕の面倒を見るというような状態。僕自身もB4にも関わらず、複数の留学生(博士課程)に実験手法を教えていました。朝は遅刻現金8時半集合8時以降帰宅がデフォ、土日祝日も朝から実験してました。
それだけならまだよかったのですが、研究室の人間関係は最悪で、なかでもポスドクのパワハラは酷く、毎年休学者が出るような始末でした。
11月頃、いつものように日曜日の朝9時に研究室に登校(出勤ともいう)し、夜九時ごろまで実験を行っていると、実験室にポスドクが入ってきました。彼はいつも通り、舐めるように実験室を見回し、あら捜しを始めました。
もう慣れっこの私は自分の身辺に落ち度がないことを瞬時に確認しました。しかし、ポスドクは僕以外誰もいない研究室で急に怒鳴り始めました。彼の指さす方向を見ると、僕が実験していたのと反対側の机が少しだけ汚れていました。そこは昼間に来た留学生が使っていたスペースだと説明すると、「それなら見つけた時に言わんかい!!お前の仕事やろ!!」と言われました。そもそも見つけていたら放置してませんよ、とは言えず、ただただ呆然と「はい。」というしかありませんでした。
その件をきっかけに僕は、「本当にこんな研究室でよいのだろうか」と思うようになりました。思い返せば、ほぼ自分と同程度の知識しかないD1からは何も研究について教えてもらえず、結局ほぼ自分で勉強していました。B4が自力でやる研究なんてたかが知れているわけで、研究の浅さは火を見るより明らかでした。教授に聞きに行っても、相手にしてくれません。
「この大学4年間で自分は何か人と違うものを得られたのだろうか」という疑念が頭から離れなくなりました。実験に明け暮れて、時間を失って、何を得たのか。お前の実験なんて実験書読めば、アホでも出来るというのがそのポスドクの言葉でした。
そして僕は研究室を変える決意をしました。人とは違う何かを獲得するために(中二病全開)
そこから僕は慌てて研究室を探しました。もう12月間近。とっくにほとんどの研究室が募集を締め切っていました。しかし、僕は運よく国立大学(学費の問題)で、自分の獲得すべき能力が身につきそうな研究室を見つけました。
それが今いる研究室です。
そこの教授と面会し、僕は自分の研究に対する意気込み、どのようなことがしたいか、何ができるようになりたいかを必死に説明しました。もう二度とあの研究室に戻りたくないという一心で。
あおの教授はとても感じがよく、僕の話に耳を傾けてくれました。君のやりたいことはここで出来る。研究室は忙しくない、コアタイムはない、自分のペースで勉強すればいいと言われました。
今思えば放置系ブラックの香りがプンプンでしたが、教授の人柄が気に入り、激務研究室から解放されたい一心だった私はすぐに受験・入学を決意しました。放置系ブラックの闇が待ち構えているとも知らずに……
長くなったのでここで一旦切ります。
次回は「放置系ブラック研究室の怖さ」について書いていきたいと思います。