本谷有希子さんの新作「あなたにオススメの」を読みました
群像2021年1月号に掲載された2つの短編からなる作品です
最初の「推子のデフォルト」は、アフターコロナにおいてデジタル化・コンテンツ化が過度に進んでしまった社会を描いたディストピアもの
インターネットや携帯電話がなかった昭和の時代から現代にタイムスリップしてきたら、世の中にこんな印象を持つことがあったかもしれませんね
うまく「等質化教育」をできずに子育てに悩み抜いている「ママ友」すらコンテンツとして楽しもうとする主人公の設定は悪くはありません
とはいえ、こちらは個人的にはそれほど好みの作品ではありませんでした
しかし、次の「マイイベント」は、どストライク!
以下はかなりネタバレがあるので、未読の方はご注意ください
まず、自分を含めて人間誰もが持っているような小市民的底意地の悪さの描写が抜群です
主人公の中年男性による意地悪エピソードの積み重ねによって、見事に「いやあな気持ち」にさせてくれました
必ずしも実害を生じさせるわけではない不愉快なエピソードを織り交ぜながら、物語はしっかりと発酵していき、府中辺りの多摩川べりマンション最上階に住んでいる主人公が、同じマンションの1階に住む家族が大事にしているうさぎをとってきてしまったことから生じるドタバタが最高の展開を繰り広げていきます
主人公は、1階の家族の隙をみて屋上に上がり、そこからうさぎの入ったカゴを放り投げることによって証拠隠滅を図ろうとするのですが、うまく投げられずにカゴが屋上の溝にスッポリとはまり込んでしまいます
そのような大爆笑シーンを挿入してくるかと思えば、カゴを外そうとした主人公自身がバランスを崩して屋上から落ちてしまいそうになったりと、流れに緩急をつけてくるところが本当に巧みです
台風が直撃してものすごい嵐になっている中で悪戦苦闘して、ようやく自分の部屋に戻った主人公を待ち受けていたのは、1階の家族から予告されていた「お裾分け」
これが大きな驚きと薄気味悪い暴力性に満ち満ちており、もういうことなしでした
「およそ共感できない主人公が断罪されてスッキリ」みたいなシンプルな流れではなく、1階の家族の気持ち悪さも十分に描かれているところが素晴らしい
今年のマイベストの一角に食い込んでくることが確実の一遍でしたね