奥泉光/死神の棋譜 | 弁護士宇都宮隆展の徒然日記

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くにたち法律事務所@吉祥寺 東京大学法学部卒 東京弁護士会所属(35489) レアルマドリー・ボクシング・小説・マンガ・音楽・アート・旅行・猫などが中心のブログです

奥泉光さんの新作「死神の棋譜」を読みました
 
将棋をメインテーマに据えたミステリで、奨励会を年齢制限で退会し、2011年現在は将棋ライターをしている30歳過ぎの男性が主人公です
 
ちょっと複雑なストーリーなだけに、あえてすごくネタバレになる感想を記載しておきますので、これから本作を楽しもうとする予定の方は絶対にこの先を読まないでください
 
なお、奨励会については次のブログ参照です
2011年の5月に、千駄ヶ谷の将棋会館のそばにある鳩森神社内の将棋堂に矢文が打ち込まれているのを夏尾というプロ志望の男性が発見します
 
矢にくくられていた文は詰将棋で、将棋会館に集っていたメンバーが解こうとするもなかなか解けない特殊な感じです
 
その場に居合わせた天谷という50歳くらいの男性のライター兼小説作家が、その詰将棋をみて真っ青になり、主人公に対して「これは北海道で竜神将棋を信奉していたという宗教的将棋団体である棋道会に伝わるものに違いない。かつて自分が20年前に奨励会を退会する直前にも同じことがあって、矢文を発見した十河という後輩が失踪してしまった」と言い出します
 
果たして、夏尾氏もすぐに行方不明になります
 
天谷氏がボリビアに取材旅行に出て連絡をとれなくなったので、このことを忘れそうになっていた主人公の前に美貌の玖村女流二段が現れます(なお、囲碁と違って将棋の女流は男性とは全くの別枠競技です)
 
夏尾氏の妹弟子であった玖村さんは、失踪の裏には何かあるはずだと言いだし、主人公と聞き込みをした結果、夏尾氏が北海道に向かったことがわかります
 
2011年8月に北海道に向かった主人公は、玖村さんといっしょに棋道会の神殿があったといわれている炭鉱跡で夏尾氏の死体を発見します
 
9月にも北海道に出向いた主人公は、玖村さんの気を引きたいがために張り切りまくって調査を進め、炭鉱跡には国の特務機関がからんだ財宝やアヘンが残されていたかもしれないことや、レンタカーの記録から夏尾氏が死亡したときにはそばに天谷氏がいたはずであることなどを玖村さんに伝えます
 
将棋に行き詰っていた玖村さんから甘えられた形で男女の仲になった主人公は、恋に狂ってますます調査を進めますが、できればまたいっしょに北海道に行きたいなどと考えて、本当は天谷氏の後輩である十河氏はとっくに死んでいるにもかかわらず、まだ生きていて北海道にいるらしいというウソをつくことによって、愚かにも(まあしょうがないが)自分が玖村さんをコントロールできているつもりになります

 

そうこうしているうちに、年明けになってボリビアの天谷氏から主人公に一切を告白するメールが届きます

 

夏尾氏は天野を名乗る人物から棋道会の話を聞いて北海道まで行くと言い出しており、どうやら天野とは十河のことらしいために自分も同行することにしたところ、炭鉱跡で夏尾氏が転落してしまい、ちょうどアヘンに関する弱みを夏尾氏に握られてゆすられていたことから、放置して逃げ帰ってしまったというのです

 

玖村さんと検討して、それまでの調査とほとんどつじつまが合うからこれで調査終了という結論に落ち着きかけた主人公ですが、(1)年末年始に地中海の方へ旅行に行くと言っていたはずの玖村さんの財布にボリビアのコインをみつけたこと、(2)神経を病んだ十河氏が玖村さんの実家が営む施設に入所していたと知ったこと、(3)天野とは夏尾氏が雀荘で名乗っていた偽名であることを知ったこと、(4)天谷氏が年始早々ボリビアで死亡したと知ったこと(!)から、別の結論に至ります

 

それまで玖村さんに目がくらんで一生懸命に報告してきた話がベースになっているから、ほとんどつじつまが合うのは当然であって、とっくに死んでいた十河氏が夏尾氏の偽名であった「天野」を名乗って夏尾氏自身の前に登場してきたというちぐはぐぶりは、それらの事情を玖村さんが知らなかったことによるものだったのです

 

そう、すべての黒幕は玖村さんで、ボリビアにいた天谷氏のパソコンで告白メールを作成したのも彼女でした


主人公は彼女にひたすら踊らされていただけなのです

 

電子機器に強い夏尾氏をなんなく篭絡した玖村さんは、作ってもらった超小型イヤホンを装着して、対局中に将棋会館で行われている検討の内容を夏尾氏から教えてもらうことによって勝ち続けていたのです

 

良心がとがめて夏尾氏が師匠に不正を告白しようとしていることを知った玖村さんが、本当に付き合っていた天谷氏の協力をあおいで夏尾氏を炭鉱跡で殺害したというのが真相で、玖村さんの戦績が最近落ちていたのも不正ができなくなっていたからでした

 

当初は、夏尾氏が棋道会に魅入られたあげくに事故で亡くなったということを第三者である主人公に確認させるために天谷氏が一芝居打ったのですが、張り切りすぎた主人公が天谷氏の関与までたどり着いてしまったので、玖村さんは赤子の手をひねるがごとく主人公を籠絡するとともに、ボリビアに飛んで天谷氏を始末したというわけです

 

本作では、主人公の将棋への深い未練を示す幻想的な竜神将棋のシーンも印象的でしたが、そこで木村十四世名人と対局しているのが東海研修会に所属している愛知県出身の小学校三年生であるというおちゃめな設定をぶちこんでくるところもよかったです

 

とはいえ、本作の舞台が2011年であるのは、奨励会に入る前の藤井さんを登場させる意図ではなく、謎の詰将棋をその場で解決させないためや、玖村さんの対局のときに夏尾氏がよく将棋会館に姿を現していたというエピソードを生かすためでしょうか

 

もっと最近の話にしてしまうと、謎の詰め将棋がスマホアプリによってその場で不摘めとわかって興がそがれてしまうし、夏尾氏がわざわざ検討の場に参加しなくてもスマホアプリで調べた結果をイヤホンで伝えれば足りることになってしまう(現実に起きた不正疑惑事件は2016年の出来事)わけですから

 

子どものときにクリスティのあれを読んで以来ミステリにおける「あやつり」は個人的に大好きなテーマなのですが、なんとこの作品は一人称主人公自身が玖村さんにあやつられている様子を読者に実況されていたというわけで、二度読み必至の快作でした