utsumakiのブログ -2ページ目
世の中の多くのことが、

くだらないと思えてしまう。

友達の発言も行動も、

テレビのバラエティも情報も、

SNSで飛び交う不確かな情報も素敵な思いも。




せめて、みんなの言う素敵なことくらい、

共有できたらいいのに。

それすら、くだらないと思ってしまう。




もっと、もっと、

すごいのに。

美しいのに。

果てしないのに。




自分が怖くなる。

全部嫌いになりそう。

すべてを愛する、をしようとすると、

すべてを嫌う、になっていく。





はるまげどんを願う心と似てるのだろうか。

全部ご破算にして、そこから真を問う。

最後に残るものが真実だ、的な。

わからなくないんだよね、そういう思想は。

でも、絶望を願うのではなく、

とてつもない希望が訪れた時も、

真実しか残れない。

なので、絶望を願うだけ強く、希望を願おう。

嫌いになればなるほど、愛を知ろう。

同時にそれは存在していると知ろう。

自分の愛を、語り続けよう。










  
今を生きる。

過去に縛られることなく、

未来に恐ることなく、

今を生きる。




それは、過去や未来を無視することではない、と思う。

過去のことなんてもう忘れようよ、

未来に思いを馳せるのなんてやめようよ、

でも、それでは今も見えてこない。

3人は一緒のおうちに住んでいる兄弟のようなものだから。

どうやって『今』を見つけようにも、

過去や未来しか見えてこない。

『今』を捕まえたと思った瞬間に、それは過去になっている。

いつだって手の中に残るものは過去ばかりで、

いつだって頭の中に浮かぶのは未来だけ。

今という一瞬、そんなものもないのかもしれない。

今を生きるという言葉に、私が違和感を覚える理由はそれだ。

星空を見上げる。

そこには、過去が散りばめられて、今届いている。

今、その星はあるのか、ないのか。

それでも確かに、私の心に何かを届けてくれている。

ただ、輝いているだけなのに。




過去も、未来も見渡して、

同時に今ここにもっている。

どれかを置き去りにすることはできない。

未来が過去に変わる瞬間にだけ、今があり、

それは存在できないものだ。

全ての瞬間に、今を感じることができる。

過去だろうが、未来だろうが、関係ない。

時間という大きな大きな球体の、ど真ん中を射抜くこと。

過去も未来も満ち満ちて、全てで今であるという、そんな感覚。





『今』を語るには、

過去を語り、未来を語る。

それ以外、『今』を語ることも、感じることも、できないだろう。

過去を語るのをやめて、未来を語ることもやめたとき、

『今』を語ることもできないのではないか。

それは矛盾に満ちたものになるのではないか。

過去を語ろう。

未来を語ろう。

そして今、祈ろう。







   

本当のことって何?

本当じゃないことって何?




誤解や間違いが招く悲劇はたくさんある。

でもそれと同時に、

誤解や間違いから巻き起こる冒険物語もある。

だいたい、すべて、誤解や間違いから始まるんだ。




でも、唯一つ本当のことは、

自分の中にある。

誰かの中に本当のことを求めることはできない。

だから、自分がいくら誤解してようと、間違っていようと、

自分の心の声を信じていこう。