1/26の余録は先日亡くなった『門田博光』にした。

『艱難辛苦は豪傑を鍛える試練である』『失意の境遇に陥っても投げやりになってはならな

い』。『菜根譚』。プロ10年目に選手生命の危機に陥った時に、むさぼるように読んだ、

 南海ホークス外野手,門田博光さん。アキレス腱断裂してシーズンを棒にふった、翌年、背番号を『44』に変えた。一休和尚の教えに感銘し、あえて『死』を求めた

 『全打席、本塁打を狙う』とフルスイングに徹した。1日100回の素振りを欠かさなかった。高校.社会人は目立たなかった170㌢の選手が、」歴代3位の567本塁打を記録。精神力と努力の賜物。

 野村克也さんは、『目標達成意識は半端じゃなかった』『大きい選手には絶対に負けない。そういう反骨精神がエネルギーになっていた』と評してる、

 水島新司さんの漫画『あぶさん』と同年代、本塁打、打点の二冠王になり、『不惑の大砲』と呼ばれた、福岡ダイエーホークスに移る際『枯れ木の美木』と名言残した。

 『未熟者だったので80%で打つ打ち方がわからずじまいだった。それも個性と見てくれればいい』。引退会見での、意味深。『小さな大打者』『本当のプロ』『人柄も真っ直ぐな人』がライバルたちの言葉。

 最後の段落ですが、80%の力で、俺もわからない、プロで20年以上やってきたのに、わからないことは、いつも、勉強してる証打と思う。プロ通算567HR打ってるので、高校時代もたくさん打ってきてると想像しますが、なんと1本もHR打ったことない、想像できません。

 ただ、素振り1日100回は、多いか少ないかは、人それぞれですが、毎日の積み重ねが、プロで567HR打てたと思う。なんか、茨城市の郵便番号ですね。

 年数を重ねると、背番号も一桁になる選手がいる中で、門田さんは、『27』『44』『60』『78』『53』とつけてきたが、大きな番号。これも、HR数目指す意味で変えたと思ってしまいます、

 『菜根譚』とは、明代の万暦年間(1573〜1620)に、洪応明によって書かれたものとされる。儒教と仏教と道教の3つの教えを融合知ったもの。