次の日の朝。
カーテンの隙間から入ってくる光で目が覚めた。
狭いシングルベッドに大人がふたり。
キッチキチだが密着度はかなり高い。
時計はまだ朝の6時だった。
昨日出会ったばかりの悠介くんの寝顔がすぐそこにある。
『まつげ長い。鼻高い。肌も白くて私なんかよりよっぽど女の子みたいだな。』
彼の寝顔を眺めながらそんなことを思っていると、いつの間にかまた眠ってしまった。
次に起きると、悠介くんはすでに起きていた。
「おはよう。」
私が挨拶すると、悠介くんはようやく聞こえるくらいの声でおはようと返事をした。
だけど、なんだか昨日と別人なくらいに雰囲気が違う。
「部屋に大きいテレビないんだね。ドラマとか見ないの?」
彼の部屋に置いてあったのは、一人暮らしなら誰でも持っているであろうテレビではなく、置き型の小さなポータブルテレビだった。
しかもそれすらほとんど使っていない。
「ニュースはネットで十分だし、ほかは見ないから。」
「そっか。」
。。。
会話が続かない。話しかけても、なんだか態度が素っ気ない。
「あのさ、早く帰ってくれる?」
悠介くんは笑いもせずに言い放った。
「え。」
何を言われたのか理解できず固まる。
こんな顔を見たことがある。
エアー彼氏だ。
しょうがないから会う
しょうがないから食事する
しょうがないから遊ぶ
しょうがないから寝てやる
この“しょうがない”は
『どうでもいいけど暇つぶしにはなる存在』
という意味。
どうでもいい存在だからプライベートには入ってこないで欲しいのだ。何様だ。
まるで部屋の中に突然雨雲が発生して、ゲリラ豪雨が降ってきたのごとく一気に気まずい空気になった。
いい歳した女が、自分よりもかなり若い男の子の部屋にホイホイと着いてきて
一夜を共にする。そして次の日の朝には『早く帰って』と言われる。なんて便利なことか。コンビニか。
私は何をやっているんだとどうしようもなく情けなくなって、恥ずかしさが込み上げてきた。心はもう今にも死にそうな打ち上げられた瀕死の鯉状態だ。口はパクパクしてない。はず。
呼吸を整えて、一言だけ搾り出す。
私「うん。ごめん、帰るね。」
もう泣きそう。年上なのに。
悠介くんの前で泣くのは嫌だったから、
何とか笑顔を保ったまま帰り仕度をすすめる。
こんな時にも年上としてのプライドは発動した。
彼の部屋を出た。虚しさ、悔しさ、情けなさとかを抱きしめて。
人は恥ずかしさで死ぬことはあるのだろうか。
答えは、ある。
日本には『愧死』、『慚死』という言葉がある。読み仮名はググってね。
意味は“恥ずかしくて死ぬ”だ。
ストレスや不安により、アドレナリンが大量に分泌され、血流に異常が出て死に至る可能性があるという。人は恥ずかしいとき、困惑するだけでなく、ものすごい恐怖を感じとってしまう。その為に心臓発作が起きてしまうことがある。
引用元:カラパイア 不思議と謎の大冒険
アドレナリンが大量に出ていたかどうかは謎だけど、
かなり大きなストレスを感じたことは間違いない。
よかった。恥ずか死ななくて。
数分後、私は駅のホームにいた。
ドラマみたいにはいかない。
自分の日常が辛すぎて、ここ最近は悠介くんと会えることを
楽しみにしてきた。
昨日までの良い雰囲気から、この仕打ちは弱った心にストレートに効いた。
私はきっと誰にも必要とされていない人間なんだ。
我慢していた涙が一気に溢れてきた。
抱きしめていたドロドロとした感情も同じく溢れ出す。
朝っぱらから電車の中で目を真っ赤にして泣いて、鼻水まで垂らしている人を見たことがあるなら
それ、多分わたしです。