□ 石田波郷第七句集『酒中花』Ⅱ(30)

(「水中花・白桃」より)

  岸田稚魚隣の清心園にあり
汗の手握りやや吃り我をはげましぬ


季語は、「汗(あせ)」で、三夏。

岸田稚魚は俳人。1918年(大正7年)1月19日、東京生れ。1988年(昭和63年)11月24日没。本名は、順三郎。石田波郷に師事。若い頃から結核を患っていました。

じゆぶじゆぶと水に突込む春霰 岸田稚魚
光陰のやがて淡墨桜かな
東京へ歩いてゐるやいぬふぐり
草木より人翻る雁渡し
鬼灯市夕風のたつところかな
鳥なんぞになり炎天に消えなむか
鹿の中鹿ひた急ぐ冬日かな
十月のてのひらうすく水掬ふ


「清心園」については不明。波郷の入院している病院の隣にあった療養所ないし施設であると思われます。おそらく、そこから波郷の病院へ岸田稚魚氏が見舞いにきたのでしょう。

岸田稚魚氏が、師波郷の手を汗をかいた手で握りしめ、吃音で話しながらもしっかりと波郷を励ましたという景です。熱い師弟関係が垣間見える句です。

大き桃酸素外してひた吸ふも

季語は、「桃(もも)」で、初秋。

大きな桃を酸素吸入器を外して一生懸命吸ってみたものの、吸うことができなかったという句意。助詞「も」の一文字で波郷の病状の重さとその悲しみがよく伝わってきます。

  八月十一日水原先生御夫妻御見舞
手ぐさにと墨床賜ひぬ男郎花


季語は、「男郎花(をとこへし)」で、初秋。

「墨床(ぼくしやう)」とは、墨台のことで、すりかけの墨をのせておく小さな台のことを言います。それを師の水原秋櫻子が「手ぐさ(手種)」に、つまり手なぐさみ(おもちゃ)として波郷にプレゼントしたということです。これはおそらく早く回復してまた俳人として活躍せよという師水原秋櫻子の男気のある励ましのプレゼントであったと言えるでしょう。そういう意味で、「男郎花」という季語が使われたのではないでしょうか?

葡萄口に飽かずはこびて癒えそめぬ

季語は、「葡萄(ぶだう)」で、仲秋。

葡萄を飽きずに食べていたら病が癒え始めたという句意。

食欲がないときに果物で栄養を摂るということは賢明なやり方。しかも、葡萄は小粒で食べやすいですから、波郷の口にあったのでしょう。もちろん、葡萄を食べただけで病が癒えるはずもありません。病院での治療の効果も出始めたのです。体は良くなりつつある、という喜びに満ちて、また葡萄を一粒口に入れる作者の微笑が目に浮かぶようです。


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六月や風おさまらぬ裏通り  森器

六月の女忿怒の鎖見せ

六月の野猫さらりと通り過ぐ

六月のお天道様に頭下ぐ

ぐだぐだと言ひたくもなし六月は


病葉を拾ふがごとく言葉選るわけの分からぬ諍ひのあと


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昨日の次の波郷句について、

妻はけふすま女伴れ来ぬ鹿子百合

ブロガーのmjt-5933さんから、この「すま女」は女の人の名前だろう、というご意見をいただきました。

たしかに、「久女」「真砂女」などといった俳号ならば、「すま女」もありそうです。

私もいろいろ考えたすえ、これは「すま女」という女性俳人の俳号だと考え直しました。
その旨訂正したいと思います。

ただ、「すま女」の「すま」ですが、やはりこれは「須磨」からとったものでしょう。

尚、杉田久女の本名は、杉田久、鈴木真砂女の本名は、本山可久子です。

 

mjt-5933さん、本当にありがとうございました。


拙作、拙文をお読みくださり
ありがとうございました。