また、少し文法のことについて、書いてみたいと思います。
行春を近江の人と惜しみける 芭蕉
私の好きな芭蕉句のひとつです。
いつも気になるのは、この句の文末の「ける」です。
いわゆる連体止めで、「けり」の連体形「ける」で文が終っています。
俳句の連体止めについて、辞書やあちこちのウェブサイトで見たことを簡単にまとめてみることにします。
連体止めの句とは、本来終止形で言い切りになる部分を、下に何かが続きそうな連体形で終止することにより余情を残してある句です。
普通は後ろに「ことよ」をつけて読んでみるようにと言われています。
行春を近江の人と惜しみける(ことよ)
この連体止め、もとは係り結びの言い方だったのものが、肝心の係助詞が省略された形であるとされています。どういうことかというと、
まず、係り結びというのは、高校時代にしつこく教わった、
「ぞ」「なむ」「や」「か」→連体形
「こそ」 →已然形
っていうアレです。話を分かりやすくするために今回は「ぞ」だけをとりあげます。
「ぞ」は、強調を表す係助詞で、文の途中で「ぞ」が出てきたら、文末を連体形で終らせます。
奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声聞く時ぞ秋はかなしき よみ人しらず(古今・四・秋・二一五)
「かなしき」が、形容詞「かなし」の連体形ですね。
係り結びが、連体止めになるのは、倒置法によるとされているようです。
美しき花ぞ。 → 花ぞ、美しき。
という感じですね。倒置法という方法を考えてくれれば分かることですが、倒置されることによって強調されたり、情感が残ったりしますね。まさに、それが行われたわけです。「ぞ」で強調された言葉が、さらに倒置法で強調されるということです。
この係り結び、時代が進むと、係助詞の省略ということが行われます。倒置法だけで、強調されるので、「ぞ」はいらないぞ、という訳です。
花(は)、美しき
すでに、源氏物語に係助詞のない係り結び(?)があるそうです。興味のある方は調べてみてください(私は源氏物語の挫折者なのでご容赦を)。
話を俳句に戻すと、連体止めの句は「ことよ」を補えと言いました。そこで、この「よ」ですが、これは間投助詞で、①詠嘆や②呼びかけ、念押し、強調を意味します。
追羽根や日の尾を引いて落ちきたる 川崎展宏
追羽根や日の尾を引いて落ちきたる(ことよ)
この句の「たる」について、私は、上五に「や」という詠嘆を表す強い切字があるので、文末を「たり」の言い切りを避けて連体形「たる」を用いたと解します。同時にこの「や」は「の」に置き換えても意味はほとんどかわらない、形式的には二句一章、意味的には一句一章の句です。
追羽根の日の尾を引いて落ちきたり
追羽根の日の尾を引いて落ちきたる
この三句のどれがいいのか初心者の私には判断しかねますが、川崎展宏氏の句は「や」で追羽根が来たことに驚き、さらにそれが落ちてきたことに余情を残しています。読者は、「たる」で、もう一度上五に戻り繰り返し羽根の行方を眼で追うことになります。「行きて帰る心」です。
こんな句も見つけました。
麦畑は火のつきさうに乾きをる 夏井いつき
「をり」を連体止めにした句です。失礼ながら私は最初「当たり前の句だなあ」と思ったのです。しかし、「をる」をじっと見ていたら、やはりこれは見事な句だと思うようになりました。これも、連体止めの余情の効果があります。上五から下五、下五から上五、また上五から下五というふうに繰り返し読んでいると、本当に麦畑が今火で包まれているかのような感覚になります。この助動詞は「たる」ではなく臨場感の「をる」がいいのでしょう。
そこで、最初の句に戻ります。
行春を近江の人と惜しみける 芭蕉
何度も何度も近江の人と行く春を惜しんだ芭蕉の心が伝わってきます。「ける」の効果です。
連体止めも使うのには注意が必要で、私はなかなか使いこなせませんが、決まれば名句ができそうです。
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葭切やかうあるべしと決めつけず 森器
行々子打魚にエイヤの低き声
身をちぎるほどに鳴きけり葭雀
行々子句点を打ちて鳴きやみぬ
落日を許さぬごとく行々子
列島の地図が撓みし部屋にゐてHELP!と叫ぶ唄を聴きたり
うたことば・・・列島
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先日、梅内美華子著『短歌うたことば辞典』(NHK出版)を紹介しました折、本書に和歌の例歌がないかのように書きました。しかし、あれは私の早とちりで、本書には数は多くはありませんが、和歌の例歌が掲載されています。お詫びして訂正致します。申し訳ありませんでした。
私が早とちりしたのは、私の好きな和泉式部、紀貫之、西行、式子内親王が、巻末の人名索引に無かったためてっきり和歌は掲載されていないと誤解したのです。よくよく見れば、紀友則、伊勢大輔、藤原定家、源実朝といった歌人の名前がちゃんと載っています。
久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ 紀友則「古今和歌集」
いにしへの奈良の都の八重ざくらけふ九重ににほひぬるかな 伊勢大輔「詞花和歌集」
駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮 藤原定家「新古今和歌集」
大海の磯もとどろに寄する波われてくだけてさけて散るかも 源実朝「金塊和歌集」
いずれも名歌と呼ぶに相応しい歌です。
拙作、拙文をお読みくださり
ありがとうございました。