□ 石田波郷第七句集『酒中花』Ⅱ(26)

(「水中花・水仙花」より)

立春の金星下はや煙ゆく

季語は、「立春(りつしゆん)」で、初春。

少し難解ですが、問題は「煙」です。悩みましたが、私はこれは火葬場から出た煙と解しました。立春の朝早く金星が輝く空の下すでに火葬場の方から遺体を焼く煙を見た、ということが言いたかったのでしょう、暦の上での春が来ただけですから、まだまだ寒く患者には厳しいときであったでしょう。死者が出るのも当然です。

立春の巨き鴉に驚きぬ

季語は、「立春(りつしゆん)」で、初春。

これも火葬場の方角で見た景色でしょう。鴉が火葬場の周辺を旋回していたか、立木にでも止ってかあかあと鳴いていたのかもしれません。その鴉が巨大であったことに作者は驚愕しています。凍りつくような思いで、この鴉を見ていたのに違いありません。

  歩行呼吸訓練
クロツカスときめきに似し脈数ふ


季語は。「クロツカス」で、初春。

波郷の歩行訓練が始まり、彼は初恋の人にでも会うような気持ちで、自分の脈を数えたのでしょう、「ときめきに似し」ということを私はそう理解しました。

愛らしいクロッカスの花が、「ときめきに」という言葉に相応しく、本句の季語は動かないようです。

  理学療法室にて術後の豊島久子さんと出会ふことあり
術後はや体操通ひ梅含む


季語は、「梅(うめ)」で、初春。

申し訳ありませんが、豊島久子さんとはどんな方なのか、分かりませんでした。

豊島久子さんが、手術後、早速体操をしに療養所に通うようになった、という事実を述べ、「梅含む(ふふむ)」の下五で締めています。豊島久子さんが順調に回復されていることを喜んだという意味で用いられた「梅含む」(つまり梅の蕾が膨らみ始めたということ)でしょう。

松籟の幹風花のはや熄みぬ

季語は、「風花(かざはな)」で、晩冬。

冬の青空に舞う雪が「風花」です。風に舞い散る花のような雪という意味。しかし、句の順序から言って、この風花は、立春以後に降った春の雪の風花ということでしょう。

「松籟(しようらい)」は、松に吹き通る風。または、その音のことです。波郷は、「松籟の幹」という少し変わった言い回しをしています。吹き通る風の音がする松の幹ということと思われます。「松籟の幹」で、いったん切れて風花ははやくも熄(や)んでしまった、と言っています。つまり、降っていた風花は消えてしまったのですが、松に吹き通る風の音はしているのだ、ということを言いたかったのでしょう。


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立葵万葉人の声すなり 森器

立葵息調へて待つ日暮

海恋し葵の影の薄き日に

川沿に雨の気配や立葵

少年に大地の狭し立葵


翳りゆく庭に立ちゐて六月の風に濡れたりわが抜殻は

むなしさを必然として生きてゐるアナベル光る行止りにて

震へたる右手をボトムのポケットに突き刺し歩く明日を信じて


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今まで、苦吟をする俳句に対して、簡単にできてしまうが、内容の浅い短歌を詠み続けてきました。しかも、最近は、短歌でも苦吟することが多くなって、「これはいけない、何とか打開策を」と思うようになりました。

そこで、昨日購入したのが、梅内美華子著『短歌うたことば辞典」(NHK出版 定価3200円+税)で、これはNHK短歌のテキストで連載された歌人梅内美華子さんの記事を大幅に加筆修正したものです。

うたことば(歌言葉)とは、和歌や短歌に詠みこまれた言葉のことで歌語ともいいます。本書はこのうたことば1000語を厳選し、併せて名歌・秀歌の鑑賞ができる辞典です。

例えば、「魂(たま、たましい)」の項目を引くと、その意味として、●霊魂、精神。と記された後、二首の短歌が掲載され、梅内美華子さんによる鑑賞がつけられています。ちなみに、その二首とは、

いづくより生れ降る雪運河ゆきわれらに薄きたましひの鞘  山中千恵子「紡錘」

舗道(いしみち)に棲むたましひも秋となり馬なりし世の声ひびかする  水原紫苑「びあんか」


本書に掲載された短歌は、残念ながら和歌はありませんが、正岡子規あたりから現代の歌人の歌が網羅されており、かなり読み応えがあります。

当面、私の今後の短歌は、この書籍のうたことばを拾いながら、作りたいと考えています。近代短歌、昭和短歌の復習をしながら、現代短歌の息吹も学べるのでこれは一石二鳥かなと思っております。

ときどき、この本から気になった短歌及び梅内美華子さんの鑑賞を私のブログで紹介することも考えています。

俳句と短歌の二刀流は難しいですが、どちらも楽しく有意義なので、今後もこの方向で創作を続けていきます。


拙作、拙文をお読みくださり
ありがとうございました。