□ 石田波郷第七句集『酒中花』Ⅱ(23)

(「水中花・水仙花」より)

胸の上に仕事はじめの葉書束

季語は、「仕事はじめ(仕事始(しごとはじめ)」で、新年上。

まだ石田家の部屋で寝ているしかない波郷。この句の「葉書束」とは、投句された葉書でしょう。おそらく何千枚とあったに違いありません。葉書を手渡されたときは、「これは大変だ」と思ったでしょうが、その葉書を息苦しい胸の上に置くと自分を慕い案じて投句をしてくれる投稿者たちへの感謝の気持ちが強く湧いてきただろうと思います。

  病院に戻りて
高々と微塵の鳥や寒の入り


季語は、「寒の入り(寒の入、かんのいり)」で、晩冬。

寒の入は、小寒の1月5日頃。波郷が病院に戻ったのも昭和41年の1月5日頃ということになりますね。

病院に戻って、空を見上げたら、空の高いところに細かい黒い塵のように見える沢山の鳥がいたという景です。これは喜ばしい景色というよりは、やや不吉な感じのする景色と言えるのではないでしょうか。

寒の入ともなれば、いよいよ寒さが厳しくなり、波郷にも試練の季節と言えます。悪魔が上空で飛んでいるような病院の空の下、きっと覚悟を決めて病との闘いにのぞんでいったのでしょう。

娑婆の友さて声張れりシクラメン

季語は、「シクラメン」で、三春。

「娑婆の友」とは、病院という束縛された環境の中にいる自分(波郷)に対して、自由な俗世間にいる友達たちということでしょう。その友達たちが、波郷の病室に見舞いに来ました。健康な彼らの声は、予想以上に大きく張りのある声。波郷もそれに負けじと精一杯の声を張ろうと力んだということでしょう。

シクラメンは、きっと娑婆の友が持ってきたものだと思います。その艶のある花びらを見て、自分もそうありたいとの気持ちが湧いてきたといったところではないでしょうか。

  低肺機能のため呼吸訓練をはじむ
呼吸(いき)は吐くことが大事や水仙花


季語は、「水仙(すいせん)」の傍題、「水仙花(すいせんか)」で、晩冬。

呼吸訓練をしたことはありませんから確かなことは分かりませんが、呼吸訓練ではまず息をしっかり吐くことを教えられたということでしょう。こうしたリハビリでは、無意識にしていた行為を意識的にすることが強いられますから、教えられてハッとすることがあっても不思議ではありません。

季語は、ここでも「水仙花」。その青ざめた白い花びら、口を尖らしたような副花冠が、肺を病んだ自分(波郷)を思わせるので使った季語と言えるでしょう。

  不眠暁におよぶ
イヤホーンに朝の曲霜強からむ


季語は、「霜」、あるいはその傍題の「強霜(つよしも)」で、三冬。

呼吸が苦しければ、不眠症になるのも致し方ないことです。眠ることのできないまま朝を迎えて、ラジオをつけイヤホーンをさして聴くと、音楽が流れている。(きっとバロック音楽ではないかと思うのですが、)その音楽が朝の寒さを伝えてくるように感じられたのでしょう。「霜強からむ」が実に痛々しい響きをもっている一句。

強霜や働く者は先づ火焚く

季語は、「霜」の傍題、「強霜」で、三冬。

霜の強いひどく寒い朝。ここでいう働く者とは看護婦さんでしょう。まず部屋を暖めるための暖房(ストーブかも)の火をおこすことが、朝の最初の仕事だという訳です。枕草子を思い出させるようなこの情景をベッドに横になっているしかない不眠の波郷が見ているのです。まさに「冬はつとめて」。

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甘藍を抱いて宇宙のど真ん中  森器

ざつくりと彼女の語るキャベツかな

大皿の千切りキャベツ飽かざる夜

人生の意味を玉菜を食みて知る

キャベツ抱き雨中の宇宙走りけり



自尊心をキャベツなんかで量るなよモノの値段の上がるといへど

惜しみなくお好み焼きを食べし頃懐かしきかな また雨雲が

揚げ物にキャベツのつかぬ食卓のさびしきことを梵天に告ぐ


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物価の比較的安いわが町でも、キャベツが一個350円します。場所によっては、一個1000円もするところもあると聞き、とても驚いています

キャベツの高騰は一時的なものでしょうが、食料品を中心として日常の物の物価がウナギのぼりなのは良いことではないでしょう。給料が少々上がったくらいで収まりがつくようには思えません。

それでも、大企業は未曾有の好景気だそうですから、政府の経済政策が変更されることはないわけです。

けっきょくは、家族単位で生活防衛を考えるしかありません。ぼんやりの私も、最近はスーパーの商品の価格に敏感に反応するようになりました。本当は、高くても美味しくて安心できる商品を買いたいところなのですが、そこをぐっと我慢する癖がついたように思います。

きっと最後はもう食べられさえすればよいというところまで追いつめられるのではないかという不安もあります。しかし、何とかこれを切り抜けて、自分の生を全うしたいと考えています。


拙作、拙文をお読みくださり
ありがとうございました。