□ 石田波郷第七句集『酒中花』Ⅱ(4)

(「水中花・鹿子草」より)

  水原先生御夫妻
大き壺賜ひぬ梅雨の花活けて


季語は、「梅雨(つゆ)」で、仲夏。

水原先生は、もちろん秋櫻子。『惜命』時代の手術の際も医師である秋櫻子が見舞った経緯があります。「賜ひぬ」の言葉に師に対する尊敬と再び見舞ってくださるという感謝の心が表れています。

秋の暮水原先生もそこにゐき  石田波郷 『惜命』

見舞いに来た水原秋櫻子夫妻が大きな壺を波郷の病室にプレゼントしたわけですが、そこに活けた花をあえて具体的な花の名を入れず、「梅雨の花」と詠んでいます。この句によって波郷の手術の日にはもう梅雨に入っていたということが分かります。

梅雨の花として考えられる花は、紫陽花、薔薇、花菖蒲、桔梗、梔子などがあります。「大き壺」ですからおそらく幾種類かの花が活けられたのでしょう。その色とりどりの花を見て大きな励ましを波郷は得ただろうと思います。(ただ、病室の大きさにもよりますが、病室に「大き壺」はちょっと取り扱いが大変かも)

手術は、胸部に充填していた合成樹脂球の周囲が化膿したために行われました。

尚、この手術の年(昭和38年)の11月には、藤田湘子と共著で『水原秋櫻子』(桜楓社)が刊行されています。

麻酔きくか大き蛙のこゑの後

季語は、「蛙(かはず)」で、三春。しかし、「大き蛙」となれば、何となく蟾蜍(ひきがへる)を想像します。蟇(ひきがへる)ならば、三夏。

「麻酔きくか」と呟いています。麻酔がなかなか効かないケースとしては、①緊張・興奮状態、②体調不良、③飲酒・服薬などがあげられますが、波郷の場合、どれもあてはまるような気がします。ただ、「大き蛙のこゑの後」という言葉から、やはり緊張・興奮状態があって、麻酔が効くかどうか案じたのだと思います。

『惜命』時代の手術の際には、鵙の甲高い声が手術の過酷さを伝えていたのですが、ここでは、鷹揚とした蛙の声を聞いていることから、『惜命』時代とは違ってある程度落ち着きをもって手術を受けようとしていたのだろうと思います。それでも、やはり「麻酔きくか」と案じざるを得ない手術前の不安がやんわりと表現されています。

  術後二日痛みとれず
梅雨夕べ山羊らの鈴の帰りゆく


季語は、「梅雨(つゆ)」で、仲夏。

「鹿子草こたびも手術寧からむ」と詠んだ波郷でしたが、やはりそう容易い手術ではなかったようで、術後二日経過しても痛みがとれなかったようです。

その痛みの中で、ベッドに横になりながら、山羊らが塒に帰る鈴の音を梅雨時の夕方に聞いていると言う景です。梅雨ですから、小雨が降っていたかもしれません。鈴の音は、波郷の術後の傷口に響いたのかもしれません。しかし、手術を終えて、再び、外への関心が起き始めているということは回復の兆しとも考えられます。波郷も、早く退院してあの山羊たちのようにわが家に帰りたいという気持ちがあったのでしょう。

緑さし厠へ車椅子荘重に

季語は、「緑(みどり)」の傍題、「緑さす」で、初夏。

緑の美しい日に、トイレに車椅子で行かなければならない波郷。その姿を「荘重に」つまりおごそかでおもおもしいと表現しています。新緑の溌剌とした感じとの対比によって、自らを自嘲したようにもとれるちょっとしたユーモアがこの句の胆であるように思います。

車椅子の輪が跛ひくえごの花

季語は、「えごの花(えごのはな)」で、仲夏。

歳時記には次のような記述があります。

(「えご」は、)エゴノキ科の落葉小高木。(中略)エゴの名はこの果皮が喉を刺激し’えごい’ところからつけられた。エゴサポニンが含まれており、洗濯に用いられたり、搾汁を川に流して魚を捕えたりした。五、六月に枝の先に多数の乳白色の五弁花を下垂する。この花を水に浸してシャボン玉にした。

「跛(びつこ)」は、現代では不適切な言葉ですが、そのまま掲載しました。

古い車椅子なのでしょうか。車椅子の輪がうまく動きません。車椅子の操作に手こずっていて、イライラしてふと頭をあげると、視界にえごの花が入ってきたのです。おそらく心は、松山での少年時代へと移っていったのではないでしょうか? えごの木の果皮を用いて、魚捕りやシャボン玉を楽しんだことを思い出したのかもしれません。自由に野や川を走り回っていた少年時代とうまく動かない車椅子を動かそうとしている現在との対比。やはり、手術は「寧からむ」では済まなかったのです。

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連翹や園児の声の響く町  森器

瞑れども連翹の黄の中にあり

連翹や光陰の翳顧みて

太陽に反逆する日いたちぐさ

連翹の枝弓形に反り夕日影


からだ冷え水枕のごとわれはただ横になりつつ眠り入る海


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昨日は急遽お休みをいただきました。

一昨日、塩分の摂りすぎか、あるいは水分の摂りすぎか、判然としませんが、体中に浮腫みの症状が出てしまいました。これはいけないと思い、体を横にして安静に努めました。特に右手の浮腫がひどく、パソコンのキーを叩くのを控えました。何となく寒気も感じて、手足が冷たく、仕方なく常にヒーターの前で体を温めなければなりませんでした。

昨日の午後には、浮腫みが引き、通常の活動が出来るようになりました。

連絡のないままにお休みをいただきましたこと大変申し訳なく思います。

ただ、今後はこんなことが幾度となく起きる可能性があります。どうかご了承ください。


拙作、拙文をお読みくださり
ありがとうございました。