骨董放浪記 その1
やきものが、兎に角好きで、青年期には信楽、伊賀、備前、丹波などの窯元を訪ねたり、阪急六甲で森脇ひろみさんがされてたギャラリー「陶碗人」(とわに)と住吉にあった高麗さんの「高屋」を交互に覗いて、面白いものがないか、愉しみにしていました。残念ながら、既に何れも閉じられましたが、間違いなく名店でした。今は、神戸、京都の草灯舎(そうとうしゃ)の江藤さんが、間違いなく凄いですが。
もともと、井戸茶碗や古信楽の壺に、惹かれるものがあり、信楽だと古谷道生(ふるたに みちお)さんや澤清嗣(さわ きよつぐ)さん、蓮さん、後年、伊賀の谷本洋(たにもと よう)さんなど、穴窯などで自然釉の美しい器が、焼かれていました。丹波では、西端正さんの水色がかった灰釉に惹かれました。いつも、突撃で窯元を訪ねたのですが、奈良の辻村史朗(つじむら しろう)さんのところでは、笹藪の向こうから、大きな犬たちに吠え立てられて撤退したのは、懐かしい記憶です。古谷さんは、穴窯を発展させた窯づくりの著書を出されるなど、真の研究家でした。これらの陶芸家の器は、今でも使っていて、その都度、なかなかいいなぁと、思ってしまいます。
信楽に谷清右衛門窯というところがあり、車で少し離れたところの古陶資料館を案内して貰った。そこには、沢山の古信楽が並んでいて、仰天してしまう。行きがかり上、今できの花器をひとつ買って帰りました。
その後、唐津、有田、常滑、瀬戸、珠洲と、訪ね歩きましたが、面白いのは、やはり資料館などにある、古い時代のやきものでした。
そうこうする内に、神戸のファッションマートというところで、当時花盛りだった、アンティークフェアがあり、冷やかしに行く。二十世紀も、終わろうかという頃。二、三十店舗だったろうか、その中のひとつに、「不出来堂」という奈良からの業者さんが、出店していた。仏教美術などの怪しげな品々に埋もれて、眼光鋭いオヤジが、こちらを睨みつけている。僕は、やや引きながらも、何とはなしに見つけたのが、糸印というもので、織部風の香合と、手にとって、離せなくなってしまった。金縛りとでもいうのだろうか。
ご主人の糸印の説明をひとしきり聴いた後、値段を確かめ、「実は、こちらの香合も気になるのだが、お金が足りない」と言うと、暫く間があって、彼は言う。「分かった、では、香合分は貸しておこう。ただし、取り立てなしで」
それから、数年間、いつも京都の骨董祭(当時)で、「おっ、現れたな!」とか、僕を冷やかしてくれた彼が、遅まきながら結婚して、静岡に転居し、恥ずかしながら子どもが生まれたと言う。僕は、その次の折、出産祝㊗️として、香合分の祝儀を彼に渡す羽目に。随分長くお目にかかれてないが、僕をこの世界に引き込んだ小林さん!何処でどうしているのだろう。
童子糸印 古銅(名/ウルトラマン)
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