mikiの実家で一匹の犬を飼っていました。
名前はラブです。
ラブが我が家に来た時はまだ小さく、小さな体を震わせていました。
ラブはあの阪神大震災で親犬とはぐれた迷子の子犬だったのです。
人間もが生きるのに必死な時、親からはぐれた子犬は生きていくすべを知らず公園で震えながら息絶え絶えにうずくまっていました。
そんな子犬を見かけた兄の友達が拾ってきて、結果我が家で飼う事になりました。
ラブラドールの雑種かと思い、「ラブ」とつけられたその犬は名前の通り、沢山の愛を受けて、スクスク育ちました。
ただ母が犬が苦手だった為、祖母の部屋にしかいられなかったからか、ラブと祖母の関係は離れられない存在へと深くなっていきました。
年をとった祖母にとっては時に面倒な事もあったでしょうが、頭のいい犬だったので、祖母のいい話相手にもなっていました。
そして散歩の時も相手に合わせて歩く事が出来る犬だったから、家に籠もりがちな祖母のいい運動相手でもありました。
でも、本当に頭が良すぎたのでしょう…。
ラブも年老いて、病気となり、ご飯が食べられなくなりました。
そして丁度同じ時期に祖母も手術をしなければいけなくなりました。
祖母はご飯が食べられないラブを置いて入院は出来ないと手術をしないで頑張っていました。
そんな祖母を見て・・・
ラブは死にました。
…自分が生きていたら、祖母が手術を受けないから…
と言わんばかりに。
お正月に会った時は見た目はまだ元気だったのに、祖母も早く手術をしないと…そんな話がされる中、ラブの容態は日に日に悪化していったようです。
動物病院で点滴をされている間も気丈に振る舞い、本来顔も持ち上げられない程の状態なのに、先生が顔を撫でると尻尾までふっていたようでした。
…元気だから家に帰らせて…
と言っているように。
祖母は初め最後を見たくないと言いました。
それでも、最後の最後、ラブの想いが通じたのか、あれだけ拒んでいた祖母が妹にそっと言いました。
「ラブを家に連れてきてあげたい…」と。
そして、家に帰ってきた後も、横に寝そべる事しか出来ない位なのに、座って頭をあげて、家族の顔をずっとみていたようです。
そして・・・
ラブが死んだのは、病院から家に帰れた翌朝の早朝の事でした。
…やっと家に帰れたから、もういいね…
と言うかのように。
頭のいい犬は、家族の皆が最後のお別れが出来るように土曜日の明け方に死にました。
mikiも平日だったら、どうしたって会いにはいけない。
でも土曜日の早朝ラブの訃報を聞き、急遽実家に帰れ、まだ温かくお花に囲まれたラブの頬を触りながら、「ありがとう」何度も何度も言うことが出来ました。
そして、見届けた祖母は心置きなく入院しました…。
頭のいい犬は、最後の最後まで頭のいい犬でした。
後になって気付いた事です。
阪神大震災で迷子になり、拾われてきたラブが亡くなった日、
その日のテレビに映る映像は阪神大震災の映像でした。
そう…。
ラブが死んだのは、阪神大震災が起きた1月17日だったのです。
これから毎年1月17日、阪神大震災の映像を見る度に、ラブを思い出すことでしょう。