この記事は長くなっちゃったのでこちらで読んだ方がスムーズです。
私はとにかく自己評価が低く、生きてていても価値を感じない。
生きていても意味がないと常に思っています。
私なんて地球のゴミだし、うんこしか生産していない、うんこ製造器です。
すみません。冒頭で2回も排泄物を連呼いたしましたことをお詫び申し上げます。
中学生の頃、27や28歳がすごく大人に見えていました。その時の憧れの神たちの偉業
- L'Arc〜en〜Cielのkenさんがwinter fallを作曲
- 富樫義博先生が幽☆遊☆白書を連載
- るろうに剣心の主人公の年齢
すごい大人たちだなぁ。私は才能28歳限界法則を根拠もなく確信してしまいました。
12〜13歳にとって28歳は今までの倍以上生きている人だし、ハタチから8年もある。
何かを成し遂げるには充分すぎるほどの年月があるように思えます。
28歳までに何かマスターピースと言える傑作を世に出せなかったら死んだほうがいいな
ずーっと思っていました。
それまでは絶望的なことがありながらもなんとか頑張っていたように思えます。
何か傑作を世に産み出すために。
でも28を過ぎて、いや、過ぎる前から自分はラルクにも富樫先生にもなれないことがわかってきます。
凡庸な人である自分にもう違和感もなくなってきて、同時に生きる意味がよくわからなくなりました。
消費する欲望のためにだけ刹那に生きていき続けるほど資本主義の媚薬に毒されてもいなくて、中途半端です。
大成功はできなかったけれど、小さな成功は味わって、近くに大成功した人がたくさんいる職場で働いて、
今まで経験したことも経験しなかったこともなんだかわかったような気がしています。
頭の中でもう何もかもに飽きてしまった。
これからちょっとした快楽、ほんのりの幸せとたくさんの老い、長い病気。プラマイで大きくマイナスしか受け取れない先の人生。
なんのために頑張ればいいのかわかりません。
頑張る意味はわからない。
うつから抜け出したいとは思っているけれど、抜け出さなければ。「なければ」「義務」の気持ちです。
抜け出したところでまた凡庸な人生を老いと死に向かって降りていくのでしょうか。
あまりにも希望がないです。
なんのために生きたいのかはわかりませんが、生きる価値の部分でひらめいたことがありました。
ぼんやり見ていたニュースで人気デュオゆずがどこかのドームコンサートを満席に埋めていました。
チケットが取れない人もたくさんいるのだとか。
私はゆずに全く興味がありません。好きな曲もなく、ビジュアルも声質も好むところではありません。
私にとって価値のないゆずのチケットをすごく欲しい人がいる!
当たり前かもしれないのですが、ハッと思ったのです。
逆に、先ほど挙げたラルク、幽☆遊☆白書、るろうに剣心に全く興味のない人もいるんですね!!!!
私が決めた28歳才能限界説やラルクに感じた絶対的な神のような価値も人それぞれ。
大きく俯瞰でみると、価値のある人間なんていないんです。
マイケルジャクソンですら蟻や地球からみると別に価値はない。
ひびきました。
よく溢れている、あなたにも生まれた価値があるのよ、いのちを大切にしましょう。
なんて言葉にひびいて自殺を留まりたかったけれど私には何の効果はなかった。
でも別にそもそも人間に価値なんてないんだ。
こちらの方が私なんか生きてちゃダメなんだと常に心で言い続ける私にはカラダが軽くなったのです。
今日も人にも会わず働かない、価値のない1日を過ごしましたが、それでも別にいいんです。