オッシュ 4年前にウツが再発するまでの間、もう薬も飲まなくてすむほど回復した頃のことだけど、主治医の先生にはどんなことを言われてたの?
マッシュ 何ごとも「淡々とやる」っていう面が弱すぎるって言われてた。あぁ、その通りだなって自分も思ったんだな。
オッシュ え? それって、どういうこと?
マッシュ 13年前に発症したときは、ジャズダンスのインストラクターとして独立して、初めての舞台の企画から出演交渉、ステージのデザインから自分の生徒のレッスン等々、ぜんぶ自分でやって、終わった途端、完全に燃え尽きたんだよ。
もう、のめり込むとブレーキが利かなくなって、身の回りのことがすっぽ抜けることになる。
主治医の先生は、そういう日常的なルーティーンを地道にやらないと、最後は収拾つかなくなるっていうことを言いたかったんだね。自分でも、そのことはよく分かった。
オッシュ うん。そういう目に見えるところでの診断では、最初は双極性障害って言われたよね。こりゃぁ大変なことになったなって思ったもの。単なるウツより薬のコントロールが難しいっていうことは、前から聞いてはいたからね。
だけど、たしか3人目の精神科医から、診断が大ウツ病っていうふうに変わったよね。その頃は、躁状態はかなり抑制されてたからね。
結局は、あの躁状態は、最初の主治医の処方で、気分を持ち上げ過ぎたらしいってことで落ち着いたと思うけど。
マッシュ うん、今からふり返ると、自分でもそういうことだったんじゃないかと思う。
オッシュ で、話を元にもどすけど、「淡々とやる面が弱すぎる」っていう指摘だけど、小さい頃から、そうだったかなぁ、って思ったんだけどね。どんな面で、そうだなって思った?
マッシュ たとえばさ、小学校のときなんか、漢字のドリルなんか、全然できなかった。コツコツと積み上げていくってことが苦手だったんだね。
オッシュ ははぁ、今の説明で、「淡々と」ってのが苦手っていうのがどんな感じのことか、分かったよ。で、そう言われて、実際にはどんな取り組みをしたの?
マッシュ だから、それからは、毎日市の図書館に行ってさ、朝9時から夕方5時まで、勉強するようにした。弁当、自分で作ってね。
自分の入院体験なんかから、福祉関係の仕事に向いてるかなと思って、地方公務員の試験を受けようと思って。ともかく、経済的な自立を考えなきゃなんなかったし。
そりゃ、最初は、朝、勉強始めてもすぐに眠くなって、机につっ伏して寝ちゃうことも多かった。でも、だんだん体力もついてきて、一日勉強できるくらいにはなった。
夏にはうどん屋で、ホールのアルバイトもやれるようになって、そんな生活が3年続いて、そうやって身体を動かしてたら、体重も20㎏減ってた。太りやすい体質だしね。
オッシュ そりゃ、凄いわ。
その経験が、今はひとつの財産になってるわけね。リハビリの基本、みたいな。
マッシュ そう。 だから今は、この4月から毎日、ブログ、更新してるんよ。
オッシュ あぁ、そういうことか。今、つながったわ。
その点は、オッシュもおんなじようなとこ、あるなって、話、聞いてて思った。億劫なんだよな、ルーティンってのは。ひとつひとつのことは小さなことで、いつでもできるってくらいのものなんだけど、溜まると大変なんだよな。
先に逝っちまったオッカァが言ってたもんな。「あんたは、何やっても、中途半端」だって。自分がこだわりを持ってることは、結構、半端なくやるんだけど、それ以外は全然ダメだな。
だけど、そんな自分を、そのまんまにして死んだら、後悔するんだろうなって思うから、この歳になって、その「淡々」ってヤツを、自分の課題にしてるよ。
マッシュは、オッシュが気づくのより数十年、早いから、オッシュなんかより、遙かにマシなとこまで行けると思うよ。