GW旅打ち日記(5) | うとうの競輪日記

GW旅打ち日記(5)

5/3(火)晴天・・「名古屋競輪に行こうかな・・の巻」

 朝8:45起床。入浴してからホテルのロビーで無料朝食。オニギリと漬物・味噌汁を食し、そのままチェックアウト。京急で品川に向かう。名古屋行きの「のぞみ」を既に予約しているのだが喫煙席しか取れなかったので、「みどりの窓口」に行くが全て満席との事。諦めて改札を通り新幹線ホームへ。今晩は岐阜に泊まり、各務ヶ原の友人バイオレンス氏と会う予定なので、岐阜の旅行ガイド小冊子を購入し読んでみる。あまり見るトコは無いらしい。

 10:27に4年振りの新幹線に乗車する。飛行機からしか富士山を拝んだ事がないので、見られるかなと期待するが、あいにく海側の座席。でも、微妙に曇っていたせいかチラチラと反対側の車窓を見ていたのだが確認出来なかった。残念!途中、海の中を新幹線が走っているような景色となり「???」と思っていると、競艇場が見えた。「ああ、ここは浜名湖か。」と納得。
 
 11:58名古屋着。駅ビルは人・人・人でごった返しており、東京の比ではない程の混雑。万博の影響であると思うが、これほどとは・・。衣類を詰め込んだ鞄をコインロッカーに預けたいと思っていたが空いている訳もない。仕方なく、背負って地下鉄に乗り名古屋市中心部「栄」方面に向かう。当然、地下鉄も酷い混み具合でウトウげんなり。栄の地下街を歩き回ってもコインロッカーが見当たらず、コンビニから明日の宿泊ホテル(大阪)に宅急便で送る事にする。こんな事なら青物横丁から大阪に送ってしまえば良かったと深く反省。
 
 そしてウトウ第1の目的地、テレビ塔そばの古銭屋に到着。中には先客がチラホラ。色々と品定めしながら店主などと喋っていると、常連客の一人(50歳くらいのオヤジ)と仲良くなって開催中の骨董市に誘われた。まあ、いいか。という訳で名古屋競輪は捨てて地下鉄を乗り継ぎ骨董市へ。特にめぼしい物もなかったが、近くの喫茶店で17:00まで古銭談義。色々と勉強になりました。

 オヤジと別れて名古屋駅に戻る。結局、名古屋名物「ひつまびし」も「みそかつ」も食べれなかったぞ。「これでは後悔してしまう」と思ったウトウは駅の立ち食いで「きしめん」を早食い。美味しくもなかったが、とりあえず名古屋名物を食べたと言う事で納得し、快速電車で岐阜へ向かう。岐阜は駅前が再開発中らしくガランとしていた。何だか岐阜って・・・ヤンキー多そうで怖いな。と思ったが街中の様子は普通だ。品川で買ったガイドブックには路面電車の路線図が記してあったが、走っていない。どうやら最近廃止になったようだが、勿体無いなぁ。

 歩いて15分ちょっとで今日の宿・東横イン名鉄岐阜。部屋のキーを渡されて見ると105号室??ロビーからエレベーターで降りて半地下の部屋。景色は最初から期待していなかったが、何だか微妙にカビ臭い部屋。うーむ・・・。シャワーを浴びてから、バイオレンス氏との待ち合わせ場所へ向かう。ロビーで「岐阜の郷土料理を食べさせて呉れる店とか無いんですか?」と聞いてみたが、要領を得ない返答。まあ、待ち合わせまでに時間もあるので自分で探してみるか。ホテルで教えて貰った「繁華街」に行ってみたものの、「これが??」と思われるほど、飲み屋は閑散としていて真っ暗な道。一通り歩いてみたが、美味しそうなホルモン屋を1軒見つけたのみ。みんな名古屋に遊びに行っちゃうのだろうか??(※あとで判明したのだが、本当の繁華街は駅の反対側にあるらしい。岐阜と言えばソープ!!との事。名古屋からもソープ遊びにわざわざ来るという話を聞いた。ホテルのおネエちゃんは気が利かないな・・)

 名鉄岐阜駅でバイオレンス氏と4年振りの再開。ホルモン屋を薦めたが、この男は肉類を食うと腹を下してしまう性質の体だったと言う事を忘れていた・・。しかも最近、車を廃車にしてしまうアクシデントにも見舞われたため金が無いと言う。仕方なく居酒屋チェーン「村さ来」で呑む事に。
 店内は学生だらけ。というか我々以外は全て学生っぽい。「岐阜大の学生だな」とバイオレンス氏。うーむ、うら若き女子学生のエキス(脳天の下痢ツボからつま先の白癬まで)を肺一杯に吸い込んでおこう!!
 ウトウバイオレンス氏が並んで座った向かいの席には「武田豊樹」そっくりのハリネズミ風学生が一人で晩酌している。お前のエキスは要らんぞ。
 バイオレンス氏は学生時代の友人でかなりの変人。実は国民健康保険に加入していないツワモノ(ビョーキになったらどうするんだ!)。そして、学生時代には弘前でストーブ無し越冬を試みた信じられない男。しかし極寒のある日、とうとう耐えきれなくなったバイオレンス氏は部屋にあった紙に火を付けて暖をとることを画策。ところが、隣部屋に居た下宿のオバサンが異変に気付き・・・滅茶苦茶怒られたそうな(そりゃそうだ)。以後、家を丸焼けにされたらヤバいと思ったオバサンからストーブを貸して貰って生活していたとか。そして3月に、「おばさんも歳だから下宿屋を廃業することにしたの。」と通告されて引っ越す事になったのだが・・・引っ越した後も下宿屋は普通通り続けられていた。
 また、卒業真近の冬には「家賃が勿体無い」との理由でアパートを引き払いホームレスに・・。とは言え、外で生活していたのではなく大学の研究室で1カ月以上生活しておりました。しかも、アパートに居ついたドラネコを勝手に連れ込んで学内で飼い始める始末・・。恐ろしい行動力。かと言って金が無いわけではなく、バイト生活で数十万はいつも貯金していたのである。理解不能。

 明日も朝から仕事という事で22:00に散会。ウトウはコンビニで雑誌を購入しホテルに戻る。24:00就寝。