石巻人・東京で叫ぶ -36ページ目

石巻人・東京で叫ぶ

東日本大震災で実家が被災。俺よりつらいひとは大勢いる。しかし、やはりつらい。このブログは独身40男を襲った、東日本大震災の小さな小さな爪痕を記したものです。

2011年3月27日


朝7時に起き、準備をして出発。

新宿に出て、埼京線で武蔵浦和へ。

日曜早朝ということもあり、やってる店ほとんどなくて、早くつきすぎたのでマックでコーヒーを。


やがて時間が近付くにつれ、バス停周辺に人が集まりはじめる。

みんな、俺と同じように、大荷物。
同じ境遇の人ばっかりなんだろうな。



バスが来た。二人がけの狭いシート。満員なら二人並んで座らなければならないが、それぞれ一人ずつで大丈夫なくらいの人数。


バスが動き出した。


5~6時間の旅がはじまる。


高速に入り、東北に近付くにつれ、「災害派遣」の幕をつけた自衛隊車両がどんどん追い抜いて行く。


福島を通る時は、大丈夫だとわかっていてもやっぱり少し恐かった。


昼過ぎ(14時頃)宮城に入る。

アナウンスが入る。
「あと10分ほどで、仙台に到着です」と。


バスは山のトンネルに入った。


「この山を越えれば、父さん母さんにあえる…」

この山の向こうに、父さん母さんがいる。


胸が高まった。





仙台駅到着。

駅をすっぽり覆うブルーシートに愕然。

町並みは、パッと見普通なんだが、よく見ると飲食店すべて閉まってる。吉野屋やドトールまでも。
あいてるコンビニが数件。なんと行列ができている。


いとこがいた。先に来ていたんだと。いとこのうちで会うつもりだったが、おばさんが駅まで両親をつれて来てくれるということで、待った。



しばらくすると、両親が歩いて来た…。


手を取り合って、泣いた…。


やっと会えた。
長かった…。