石巻人・東京で叫ぶ -35ページ目

石巻人・東京で叫ぶ

東日本大震災で実家が被災。俺よりつらいひとは大勢いる。しかし、やはりつらい。このブログは独身40男を襲った、東日本大震災の小さな小さな爪痕を記したものです。

その日は、いとこのマンションに泊めてもらった。
夜はいとこの手料理に舌鼓をうった。


しかし、いとこから石巻の惨状を事細かに聞いた。
避難所や病院の不衛生なこと。どこそこのスーパーの倉庫にトラック突っ込んで食料奪い合いとか、避難所で置引が多数発生してるとか…

胸がつまる思いだった。



次の日、帰りのバスは夕方だったので、昼間仙台の友人と会った。

とはいえ、飯食うところもないわけで、仕方ないので駅のそばのタバコ吸える場所みつけて、だべった。


友人も、食べ物なくて困ってた、会社でみんなで持ち寄ってわけたり、行列したり。ガソリン調達も大変だと。
おばさんから渡されたリンゴをあげた。喜んでくれた。



夕方、おばさんといとこに別れをつげ、バスへ。



親父は去年(2010年)心臓の手術をしているので長旅が心配だった。気をつかいながら、夜に到着。

武蔵浦和からタクシーも考えたが、親父が大丈夫というのでそのまま埼京線→小田急線で。


家に姉貴を留守番させてた。
姉貴も両親と再会。
抱き合って泣いてた。


6畳一間のアパート。親と姉貴と川の字に寝て、俺は廊下に寝た。


その日は、いや、その日だけは、先のことを考えたくなかった。


ただ親と再会できたことを、素直に喜びたかった…。