危なく三日坊主になるところでした。
「何でもすぐにやめてしまう→そんな自分が嫌になる」自分嫌いの代表的な方程式ですね。。。
自分を好きになるには、
「始めたらやめない」もしくは「始めない」ことも大事だなと実感。
さて、前回の最後にもちょこっと書いた女同士の人間関係ですが。。。
はい、モヤモヤしています。
同僚だった友人C子の話。
たまたま子供同士も歳が近く、ママ友としても親しく付き合ってきました。
クレバーでアグレッシブ、かつ細やかな大人の気遣いもバッチリなデキル女C子とは、お互い「言いたいことを正しく理解し合える友人」として尊重し合ってきました。
だけど、先日会った時に感じたのは、なんか違う、ということ。彼女の話が楽しくないのです。
いかに仕事が順調でみんなから重宝がられているか👍
いかに子育てが上手くいっているか👨🎓
いかに新しいママ友の経歴が素晴らしいか💖
微に入り細に渡り語ってくれました。
上手にオブラートに包みつつ、キラキラしたお話のオンパレード。
前は楽しかったのかな?思い出せない…
私に原因があるのも分かっています。
癌に罹患したり、退職したりと、ここ数年で環境が大きく変わってしまったのです。
彼女の見ている景色は私はもう見られない。
自己肯定感が爆下がりした反動で、C子が眩しく見える。それは私のせい。
でも、それだけではないと思います。
彼女は私の現状を知っています。
今の私には手の届かない、諦めざるを得ないお話を延々とするのってどういうことなんだろう、とぼんやり考えました。
極端だけど、戦争から逃げてきた難民にビーチリゾートの魅力を語る、みたいな。
でもそれ以上にショックだったのは…
私の現状やこの先の展望を、聞かれるままに話した時の彼女の反応でした。
否定的なニュアンスの言葉のみで構成され、励ましの言葉どころか同意の相槌もなかったのです。
やめておいた方がいいと思うけど。
そんなことうまくいくはずないよね。
こんなデメリットがあるの分かってるの?
その努力、する必要ある?私は絶対無理。
変わってしまった私が歯痒い?
友達だから本音で話してくれた?
そうかもしれません。
C子の意見は正しい。とても正論。
でも正論じゃない道を選ばざるを得ない人もいるのです。
せめて、決まってしまったことに対しては背中を押して欲しかった。
「蘭子ならできるよ!」「ダメだったらその時考えよう!」
せめて、「うんうん、その気持ち分かるよ」
の一言が欲しかった。
始める前から呪いの言葉を掛けられたような気がします。それから一週間ほど気持ちがふさいだままでした。
きっと自分のように「正しい選択肢」を選ばない人達が馬鹿に見えるのでしょう。
以前からC子にあった理詰めで相手の過ちを認めさせようとする姿勢。
それは相手を心配する気持ちではなかったのだな、ということがハッキリと分かりました。
多分以前の私も同じだったと思う。
人にはその人ごとに、立場や状況や想いがあり、そこは攻撃してはいけないということを知らなかった。
私は、重い荷物を背負って必死で歩く友人を励ます人間になりたい。
その荷物降ろせばいいじゃん、降ろさないなんてバカだよね、という人には近づかない。
【本日の発見】
自己否定感に苛まれている時☞キラキラ話がしたい上手くやっている友達とは会わない。
一般的に見て険しい道に進む時☞応援や励ましのマインドがない友達は避ける。もしくは事実を口にしない。
過去のその人とのやり取りを思い出せば、避けられそうですね👍