親が過保護になってしまう背景には、
「子供にイヤな思いをさせたくない」
「辛い思いをさせたくない」
「不安な気持ちになってほしくない」
という思いがあります。それを先回りして消してしまうことで過保護が発生してしまうのです。
しかし、子育て心理学では「”イヤだな”という気持ちは子供の成長に不可欠」と捉えます。それを自ら乗り越えることで自分力がついていくからです。世界の心理学をリードするセリグマン博士も、「子供はいつもいつもご機嫌でいる必要はない」と言っています。
昨日読んだAll aboutの子育て記事にこんなことが書いてありました。
(引用元:以下)
興味深いのは、愛情を持った過保護、過干渉も子供にとっては害になるという点ですね。
さて、「おせっかい」と「過保護・過干渉」のちがいはなんなのでしょう。
私がこの疑問をもったのは、「親と子供の気持ちがすり合うわけはなく、親のおせっかいは大いにO.K」という論調に出会ったからです。
(ちなみに、私は子供に気持ちを押し付けることもなく、まず相手の気持ちをききます・・・そのためか、子供たちも「〇〇してみたい、●〇してほしんだけど、どうかな?」と親の状況を確認してくれます。)
広辞苑によると... おせっかい:余計な世話をやくこと。他人の事に不必要に立ち入ること。 干渉:他人の物事に強いて立ち入り、自己の意思に従わせようとすること。 ということになります。
ということは、おせっかいもけっしていいものではなさそうですね。
一般的にわかりやすいように広辞苑から引用しましたが、もっと専門的な心理学の観点から言うと、
おせっかいは、「押しつけによる他者援助活動」ということができます。
これは相手の主体性や能力を引き出し、相手が望んでいることを見つけ出して、これにたいして適切な援助を行う「適切な援助活動」とはことなります。
おせっかいは、相手の望んていることを勝手に空想したり、相手の反応を十分に確認しないために起こることです。
こう考えると「おせっかい」はやはり、あまりよいことではなさそうですね。
また、おせっかいの人の特徴として、他の人のことばかりするために「自分のことはおろそか」という特徴があります。
一部、おせっかいを愛情たっぷりの行為だと勘違いしている方がいらっしゃり、「おせっかい集団」を自称する方々がいらっしゃいますが、私は自分や自分の子供におせっかいをされたら、「全力で」止めますし、拒否します(^^♪
だって、相手にとっても、自分にとっても何もよいことがないからです。

まだまだこの境地にいたらないなあ。