お久しぶりのブログです。
早いもので、今年もあと2週間あまりですね。
さて、ここ最近、「学ぶ」ことについて考えることが多かったので、つらつらと書き連ねてみたいと思います。
先月の終わりより、翻訳のお仕事でたくさんの英文を訳していました。
詳しくは書けませんが、コーパスサイトのリニューアルということで1ファイル200文くらいある英文を何ファイルも訳していくわけです。
内容は多岐にわたり、
- EU
- ホテル
- IT
- 北朝鮮問題
- 日常会話
がありました。最初は、EUのことなど新鮮でしたし、とても楽しく訳していたのですが、私の「予習型」の仕事により納期より早く納品していたので、次から次へと仕事が増えるという循環になりました。これはこれで、ありがたいことなのですが、あまりにも自分のキャパを超える量になってくると、本当に英語の文字を日本語に置き換える(念のため、言っておきますと単なる置き換えではなく、きちんと意味が伝わるように翻訳をしましたが。)「作業」になっていき、とても疲れてしまいました。内容を楽しむという感覚がなくなっていくのです。
さて、ふりかえって11月の講義の学生側にたってみました。
通常は、「英語を好きになってもらいたい」「わかる楽しさを感じてほしい」と思い、90分の中でも2テーマに絞って、英文の量も楽しめる範囲にしているのですが、12月の全学年TOEICに向けて、11月は、ほぼTOEIC対策にしました。
そうなると、やることがたくさんあって、問題文もたくさんあります。
学生の能力を考えると、きっと前述の私の翻訳状態になっていたのかなと思い至りました。
そんなこんなを考えていくと、自分の「学び」の体験に思いが至りました。
私は、「知らないことを知る」ことで自分の世界が広がることが好きだったので「学ぶ」ことが好きでした。
高校受験までは、そんな感覚で勉強できていましたが、大学受験となるとそうもいってられず、効率を追って、成績を上げるための勉強に変わっていきました。成績が上がることはうれしかったのですが、それが目的になった瞬間、「勉強」は楽しいものから苦しいものに変わりました。勉強をつづけた結果、成績が上がるというのが王道だったのでしょうが、それには高2までのんびりと過ごしすぎたのです。
勉強は、楽しくなければ続かない、楽しいだけでも続かない
とはよく言われますが、本当にそうです。
なぜなら、楽しいだけでは実力がつかないので、ある程度「歯を食いしばる」ことが必要だからです。
ただ、この「歯を食いしばる」程度が大きすぎたり、期間が長すぎると「つらい」ものに変わっていきます。
「何事も中道が大事」と言われますが、勉強にも中道があるんですね。
そこで、私の上記3事例をもとに、「中道」に必要なことを考えてみました。
- 翻訳案件では、もう少し自分に英語の実力と、多様な知識(EUやITに関する)があれば、もう少し楽しくたくさんの仕事量をこなせたように思います。
- 学生のTOEICに関しても、日ごろもう少しTOEIC対策をこつこつとしていれば、それほど「苦行」感はないでしょう。
- 受験勉強に関しても、高2までに基礎をもう少しつけていれば、最後の学年の負荷は減ったように思いますし、何より「勉強」に向かう心の筋力が養われていたように思います。
つまり、結論としては、日々、「喜びを感じる範囲で自分を鍛え続けることが大事」ということです。
ここで思い出したことがあります。
神様は、この世界を「進歩」と「調和」の原理でつくられたということです。
「進歩」だけでは、楽しみがなく、「調和」だけでは成長がないので、やはり人間にとって「進歩」と「調和」は大事だなあと思った次第です。
今回の翻訳のプロジェクトは、本日納品をして終わりとなります。
また、「進歩」と「調和」を目指して、「学び」を続けてまいりたいと思います。