あの日のことは一生忘れないと思う。

この家に来たことを後悔するのでなく、前向きに、前向きに、と言い聞かせ、頑張って来た心が完全に消え去った。

義父の物欲は前述の通り。「携帯電話のゲームがつまらない。新しいものに変えろ」と言われていて、新しくしたのだが、四捨五入90歳の義父は、新しい機能についていけない。

誘導されるまま課金アプリを押したりしないよう、ある日の朝、夫と携帯の使い方を注意したところ、それが気に食わなかったのだろう、夕方、私が帰宅しリビングに入るなり、とてつもない剣幕で怒鳴りだした。義母、子供達もいた。こういうとき、たいてい夫はいない。

これまで事件についてなかなか書けなかったのは、あの酷さを表現する術がないからだ。内容、声の凄まじさ、すべてにおいて、言葉にできない。

散々私を精神的に痛めつけたあと、義父はこう言い放った。

「俺は働けねえんだよ!」

ここで、私の張りつめていた糸は完全に切れた。義父はもはや、私の中では人でなくなった。家族だと思ってきた私はおめでたかった。

銀行から金を借り、土地をころがし、失敗して50代前半で自己破産したあと、息子の脛をかじり、車を買わせ、遊びまわり、100キロの巨漢をキープする食欲。毎日病院をハシゴし、スーパー、ドラッグストアで節約という名の爆買い。

「苦労してそれなんじゃ、仕事やめちゃえば?」と私に言う義父。金とは、どこかから降ってくるものだと思っているのだろう。

いままでは、そんな義父と連れ添う義母や、若い頃から給料を義父母に吸い取られてきた夫に免じ絶えていた。私も1円もヘソクリをせず、この家に給料を入れてきた。

側から見て、義父は浮浪者になるのを救われたのだから、ものすごく、ものすごく、家族に感謝の気持ちを持つべきなのに、それがまったくない。自分がしてきたことの意味を理解していない。

だったら、家族でなくなろう。私の父のように、子供のお金には手をつけない、というのが親心というものだと思う。この家は間違っている。子供にはそのうちきちんと説明をし、正しいことを伝えよう。きっとわかってくれる。

役所に行き、離婚届の用紙を取った。