家に帰ってくるのは本当に憂鬱だ。もはや「家」とも思えないが。

義父母の顔を見るのが嫌で、帰り道はため息や涙が出てくる。

離婚届は家に置いてあるけれど、息子の人生を台無しにし平然としている義父母や、若いころデキ婚をし、我関せずと援助をしないだけでなく、知ったふりして私たちを責める義妹に虐げられる夫がそれでも不憫に思えるし、子供達への衝撃を思うと離婚は思い留まらざるを得ない。

毎日毎秒ごとに「出て行きたい」「早く死んでほしい」と思っているが、口に出せるわけがなく、飲み込み、家事をこなし、なんとか会話もする。

我慢に我慢を重ねられるのは、「いつか楽になれるかも」という一縷の望みがあるからだ。

子供達のために離婚は思い留まらざるを得ないが、子供達が成人して、私の気持ちを理解してくれるようになったら、この家の人間でなくなりたい。

財産云々は、幸か不幸か、ないから。むしろ夫は生涯の労働賃金を義父母に持って行かれた、行かれているため、悠々自適の老後は送れないだろう。さらには、残り少ない夫のサラリーマン人生の給与は、無駄に長生きする義父母の介護医療費に消えるだろう。

人と思えなくなった義父母を養うために働いていると思うと、涙が出てくる。しかし、子供達の手前、こんな感情は気付かれないよう日常生活を送る。

こんな日々、人生、耐えられるわけがない。あるとき離婚を具体的に考え出し、虎視眈々とタイミングを狙う。機が熟したら一気に行動に移す。これが熟年離婚なんだろう。