世の中の老人はみんなそうなのがも知れないが、義父母は病院が大好きだ。
ビートたけしのギャグに、
(ある病院で、高齢者同士が)
「今日、◯◯さん見掛けないわね。具合でも悪いのかしら」
というのがあるが、毎日のように整形外科、内科、歯医者、泌尿器科、と大忙しだ。
義父は大量の薬をもらってきては、テーブルいっぱいに広げ、片っ端から飲んでいく。
「こんなにもらってきて1500円だぁ」とドヤ顔だ。
今日は「泌尿器科の薬が高い」と夫婦でぼやいていた。5千円くらいするのだとか。
高いかもしれないが、義父母の負担は1割。残りの9割は私たち労働者が払っている。義父母の5千円の薬を私たち労働者が45000円出してあげてるのだ。
いままでお疲れ様でした。あとは長生きしてください、と、老人に対して思いたかった。ずっとそう思うように生きてきたが、年金も払わず、自己破産し、数十年間社会に貢献してこなかった老人と同居していると、とてもじゃないけど、そんなふうに思えない。
寿命が延びて、何になるんだろう。「安いから」と、毎日病院に通っては大量に薬をもらい、大量に飲み、長生きすることの意味があるか?
これから益々高齢者は増え続け、労働人口は減る。労働者の賃金から天引きされる老人を養うための年金や保険料のシステムが成り立たなくなるのは目に見えている。
いまの老人たちは高度成長の甘い汁を飲み、社会保障も受けられ本当に幸せだ。
日本は世界的にも類を見ない高齢社会が訪れる。私たち団塊ジュニアの世代が高齢者になり、若い人たちを中心とする労働者から搾取せず行きていける自助システムを今後作り出さなければと思っている。