「お母さん、わかんない。」
教科書を両手に持ち、駄々をこねる。
小学2年生の算数。
タイトルは「何倍でしょう」
あたしは未だに「何倍でしょう」が忘れられない。
1人2個のリンゴがある。5人に配る時の計算ができない。
宿題が終わらない。
「もうできないもん。いやだもん。」と号泣しいじける娘。
「ほら、もう一回やるよー。わからんことはないよ。」と母。
そこからどうやって「何倍でしょう」を理解したのか、
理解するのにどれくらい時間がかかったか覚えていない。
とにかくわからないことが悔しくて納得いかず、
「何倍でしょう」のページを何度も読み返した小2の記憶。
あんなに必死で勉強した最初で最後の記憶だ。
中学・高校の教科書は手つかずで綺麗な教科書か落書きだらけの教科書。
おまじないのような落書きや、歴史上の人物にヒゲやメガネが書かれていたりする。
そして、いつの日か教え示す教科書はあたしの目の前から姿を消す。
教科書がなくなる瞬間が、本当のスタートな気もする。
マニュアルなんてないけれど、自分なりの絵を描いていける。
算数「何倍でしょう」と闘ったあの頃。
それはきっと、数十年後のあたしを創る源となっている。
教科書はなくなったけど、一緒に過ごしてきた教科書たちが
今のあたしとこれからのあたしを支えていく。
そういう風にできている。