「次の更新はないと思います」
やりたかった仕事に就けた私は、確かに派遣会社の人に言い放った。
決断はあっけなく伝えることができる。寂しい半面、ほっとした。
「ねぇねぇ今度の金曜日時間あるぅ?」
「へ?あ、あぁ、そうですね、校了もすんだし、何も急な用事はないですよ」
「いや、ちがうってば。あなたの個人的な時間があるかってことよぉ」
「へ?あ、あぁ、そー…ですね、たぶん、いや、んー、だ・い・じょ・お・ぶ・か・と思います」
「そう!じゃあ一緒に忘年会いかなぁい?」
「へ?あ、あぁ、そー…ですね、い・い・で・すねー…」
「はいきまりー」
彼女はご機嫌で受話器をとり二人分の予約をした。
私、会社辞めるんです。
あなたの考えや人格についていけないから。
すでに派遣の人に伝えてあります。
でも忘年会に行くことをOKした。なんとなく。
金曜日。
業界の社長が集う忘年会に、ブーツ風の長靴で参戦した。
食って飲んで食って飲んだ。たまに名刺交換した。
「あれ?名前のところ手書きだね。新人さん?」
「はい、この秋から働かせていただいてます」
「へぇー、前からこの仕事やってたの?」
「そうですね、似たようなことをしてました」
おんなじ会話を何度も繰り返した。
お酒も入って気持ちは大きくなり、社長たちとも会話が弾む。
時間はあっという間に経ち、一本締め。
社長とシメのコーヒーを飲む。
「ねぇねぇ、思ったんだけどさ、私たち、今ミゾがあるじゃなぁい?」
「へ?あ、あぁ…そうですね」
「私はさ、思ったことばんばん言っちゃうし、
自分が思ったように事が進むと思っちゃってるのよねぇ」
「へ、へぇー…そうなんですか」
「結局私の方が思考が上だから、ミゾは仕方ないと思うのよねぇ」
プチン。
その後、私は彼女に何を言ったのかよく思い出せない。
ただ、その30分後、わたしたちは肩を組んで御茶ノ水駅に向かっていた。
50代であろう彼女と、20代の私。ほぼ親子ほど年齢は離れている。
ただ、彼女は確かに言った。
「私は、あなたを目下とは思っていない。同じ目線で働いてるの」
私は年上が苦手だ。
からみにくいし、敬語って本音でぶつかれない。
ビジネスパートナーにおいてはなおさらだ。
「2010年のあなたの仕事運は、人が足りなくて苦戦を強いられそう。
たくさんの仕事がふりかかってストレスがたまるけれど、ここはふんばりどき。
逃げずにやり遂げれば、きっと成功の道が開ける」
「辞めます」発言の夜、コンビニで見つけた占い雑誌。
はたして本当に辞めるかどうかはわからない。
ただ、彼女とビジネスパートナーとしてやっていけるかを見定めたいと思った。
根性論じゃない。客観的に冷静にお互いを見つめるのだ。
「何百万回も同じこと言わせないで!あなたには全信頼をおいてるのよ!」
理不尽に怒られる毎日。
信頼とは、時間をかけて構築されるものだろうよ。
きっと彼女は、たくさんの人を信頼という言葉で縛りつけてきたんだろうな。
そしてその人が離れたら、勝手に裏切られたと思ってさ。
それを繰り返すうちに、人を信じるとは何かを忘れたんだろう。
ふんばりどきだ。
私は崇高な人間ではない。できた人でもない。
だから彼女を変えようなんて思わない。
けれど、久しぶりに人とぶつかってみてもいいかなと、
肩を組みながら思ってみた、師走のある夜、酒臭い息。