バンッ
「聞いてくれ!!! し つ れ ん し た !!」
「ちょっ」
「夏目君が、夏目君がああああ~~~」
「おいっ!」
「まさか相沢佳奈美と付き合ってたなんて……こんなのって酷すぎると思わない?!」
「小牧っ!!!」
「なによ」
失恋した悲劇の乙女こと私、浦田小牧は派手な金髪をした幼馴染こと森光刹那の顔を睨みつけた。今の私は絶頂に機嫌が悪い。なぜなら先ほど言った通り、失恋したのだ。そう、失恋を。そんな私を慰めるでもなく話しを聞いてくれるわけでもなく、むしろ逆に怒鳴りつけるように叫び返してくる幼馴染。
なによ、失恋話ぐらい黙って聞いて私のこの鬱憤をはらさせてよ!!長い付き合いなんだから悲しみの捌け口にぐらいなってくれてもいいでしょ?!
そんな私を知ってか知らずかあっちも苛立ったような声を私に向けた。
「俺着替えてんだけど」
「そうね、相変わらずいつみてもヒョロイ胸板ね」
私は口端をあげて小馬鹿にしたように笑った。刹那はちょうど着替えの最中だったみたいでYシャツを脱いだところにどうやら私が現れたみたい。下はジャージをはいていたけど上は素肌が出ていてつまり上半身裸状態だった。小さい頃に比べれば大分逞しくなったのかもしれないけれどそれでもやっぱり薄っぺらいことに変わりない。
そんな刹那の格好を私は特に恥ずかしがることもなく慌てることもなく直視。刹那が眉間にしわを寄せるので「何コイツ今更着替えてるところ見られるのが恥ずかしいわけ?」そんなことを考えた。本当今更な話しである。
「出てけよ」
「別に刹那の着替えてる姿なんて鼻水垂らしてた頃から見てるから平気だけど」
「違う、そうじゃない」
「恥ずかしいわけ?」
「ていうよりお前が恥ずかしがるべきだよな。例え幼馴染だとしてもそれは女子高生としてあるまじき反応だろ」
「チッチッチッ、女子高生に夢を抱いちゃいかんよ」
正確には私という人間にそんな想像を持っても意味がないのだよ。腕を組んでそう語る私に刹那は「もういい」って舌打ちをして手に持っていたTシャツを着る。どうやら私が部屋から出る気が微塵もないことを悟り諦めたようだ。まさしくその通りだけど。
「っていうか!そんなことよりも、私失恋したの!もう明日も未来も見えない、これからどうすればいい!?」
「………」
「ショックすぎて食事も果物以外咽を通らないし……このままいくと栄養失調で死ぬかも。とりあえず永津屋のハンバーグ定食なら入る気がするんだけど」
ちなみに永津屋とは刹那がバイトしている居酒屋の名前である。あそこのおじさんは気前がよくて、おじさんの作るハンバーグは絶品物で私なんて週四で通ってもあきないくらいなのだ。
「………」
「ねぇ聞いてる?黙ってんじゃないわよ何とかいいなさいよゴルァ」
「あのさぁ…」
刹那が心底可愛そうな子を見つめるような眼差しで私のことを見てきた。なんだその憐れみの含んだ目は。思わず眼つぶししたくなるじゃない。無意識に右手がピースという名の眼つぶし体勢に入る。
「いい加減、好きな芸能人に恋人がいたって報道だけで『失恋した!!』ってこっち来るのやめてくんない?」
「失恋したんだもの」
「お前自分がいったいどれだけ好きな芸能人いんのかわかってんの?俺が知ってるだけで二十人は超えるぞ」
「人はたくさんの愛を乗り越えてこそ大きく成長するものだから」
「全然良いこと言ってないから。それに付き合う俺の身にもなれよ」
じゃあ一体誰にこの感情をぶつけたらいいのよ、とぶつくさ文句を言う私を見て刹那は呆れたように額に片手を当てて「はぁ」と大きなため息をついた。
「同じような趣味の人に言ったら話がはずむんじゃないの?」
「はずんだら駄目じゃん!ていうか私と似たような趣味の人いないんだよねー『あんたマニアックすぎ』ってよく言われるし」
「ああ確かに」
「何だと?」
刹那にまで同意されてムッとした。マニアックって、そこまで変な人が好きなわけじゃないし!!ちゃんとイケメン俳優って言われてる人なんだから問題ないでしょ?
でも私がよく学校で好きな俳優の名前を持ち出すとまず「誰それ」ってなる。名前を知らないだけかもと思って出演しているドラマとか映画とか教えても結局皆知らないパターンが毎回多いし、もしわかたっとしても「ありえない」の一言で返されるのだ。
確かにそこまで有名じゃないのは認めるけど「ありえない」とか酷くない?自分の趣味を真正面から否定されると結構ショックだ。でも好きなんだからどうしようもない。
それに不思議なことに、私の好きな俳優は周りからマニアックと言われている割にはそう言った報道とかによく捉えられる。今回も何回目なんだろうか、もう数えるのも面倒なくらいだけど確かに回数は多い。
多分、大きく取り上げられる原因は私の好きな男性俳優のほうじゃなくて相手の方にあるのではないか。今回にしたって相沢佳奈美という人物は数年前に人気が出始めた可愛らしい女性俳優で、ここ数年は出演したドラマや映画が大ヒットした例がたくさんある。
美人な若い女性俳優はほかにもわんさかいるのだがこの人物は容姿ではなく演技で人を惹くのだとテレビで説明しているのを聞いたことがある。可愛いだけでなく、演技も上手いとの評判でこの相沢佳奈美という人物はよくニュースに取り上げられているのだ。
どっちかっていうとメインは彼女で、私の好きな男性俳優である夏目君はそれにくっついたオマケみたいな状態で映されていた。まぁでも衝撃的でしたけどね!!
「ああショックすぎる~」
「知らん」
「永津屋連れてってよ永津屋」
「お前あそこに行きたいだけだろ。いっとくけど奢らないから」
「えええ、冷たい。なんて冷たいの。もっと悲しみに明け暮れる幼馴染を慰めるとかしてよ」
「するか。どうせ明日になったら忘れてるし」
う、まぁそれは否定できないけど。
「いいじゃ~ん永津屋のハンバーグ定食奢ってよー」
「やっぱり本命はそっちかよ。行きたきゃ一人で行けば?」
「そんなっ、この意地悪!冷酷人間!薄っぺらガリ男!!」
「うっせぇデブ」
「なんですって?!言っとくけどねぇ、私はデブじゃないから、標準だから。クラスの女子が皆モデル体型なだけなんだから!!」
世の中不公平だよね。だいたい私の体重は日本中の女子の平均体重と同じくらいで至って普通なはずなのにクラスの女の子たちが無駄に細いせいで日本中では平均値なはずの私がクラス平均値では平均より上に分類されちゃうのよ。言っとくけどそこまでデブじゃないからね!!
ていうか世の中の女の子が細くなりすぎなんだと思うの。なんだあれ、握ったら骨折れるんじゃない?ってほど細い人もいるし。平均値の何が悪いのよ健康でいいじゃない、いいね健康体!
だいたい刹那がこの切り返し方をしてくるってことは、薄っぺらガリ男らへんでカチンときたんでしょうね。案外あいつ細いの気にしてるし、癪に障ったのかも。
ああそれにしても……
「千切ってあげれるものなら刹那にこの肉を分けてやりたい」
むにと腹を摘まむ。なんだかんだ言ってクラスの皆が細いだけに私は気にしているんだよ。
「いやいらないし。俺が欲しいのは筋肉です。脂肪はいりません」
「チッ、どうせ刹那も中年になったら腹が出てくるんだ。肥満になれ肥満に」
「なるか」
「毎日私の部屋から『肥満になれ』って念を送ってやる」
「やめろよ、怖いな…」
「相変わらず仲良いわね~」
私と刹那が言い合っていると部屋の入り口から声が聞こえてきた。
「おばさん!」
「母さん、いつの間に帰ってきたんだ?」
そこには刹那のお母さんの文子さんが立っていた。文子さんは大きな病院に勤める看護師の婦長さんで、毎日多忙な日々を過ごしているためか森光家であまり顔を見ることはない。刹那の話によると彼自身も家で母親とあまり顔を合わせることがないようだ。
「今日は珍しく残業がなかったからね。早く帰らせてもらったの。夕飯食べた?」
「いや、まだ」
「そうなの?じゃあ作るけど小牧ちゃんも食べてく?」
「ええぜひとも!!久しぶりにおばさんの手料理が食べられる!」
「ふふ、そんな大したものじゃないんだけどね。じゃ、郁江に連絡しないと」
「あ、自分でやります!」
郁江とは私の母親のことだ。おばさんと私のお母さんは高校時代の友人で今でもすごく仲が良い。たまたま家が隣同士になったときはすごく驚いたらしいけど今となっては逆にそれがとても幸運だったと二人は言っている。まあ確かに友達が隣にいるとなると何かと心強いものだ。
いいなぁ私も大人になったらそんな風になりたいなぁとか思ってるんだよね。明美とか私の家の隣に住んでくれないかなー。ってその前に結婚しなきゃ駄目か。
「おまえ永津屋は?」
「おばさんの手料理が優先でしょ!永津屋はまた今度、刹那が奢ってね!」
「だから嫌だって」
「まぁそう言わずに。あ、おばさん私も手伝いまーす!」
「あらそう?じゃあお願いねぇ」
はーいと声をあげて部屋から出て行こうとする私の後で刹那がぼそりと「失恋はもういいのかよ」って呟いたのが聞こえたけど、それは聞こえなかったことにしておいた。
だって失恋なんかより今はおばさんの手料理が優先、でしょ?