料理は下手ではない、と思う。さすがに塩と砂糖を間違えるというベタで馬鹿なことはしない。……塩と砂糖の分量を逆にしてしまうことはよくあるけど。
まぁでも簡単な料理なら何も見なくても作れる。例えば目玉焼きとか野菜炒めとかポトフとか。あと味噌汁。
ただ料理をする機会が少ないだけなのだ。そう、うちの母親は今時の親と違って家事放棄などせずむしろしっかり行う方なので食事などは任せきり、手伝うことはあるかもしれないけどそれもごくたまに。手伝ってって言われれば手伝うけどあんまり言われないから私は好きなように遊んでる。
私にはどっちかといえばしっかり者の母親より怠け者な父親の性格が遺伝してしまったんじゃないだろうか。もう直しようもないから仕方ないことだ。そこは諦めるしかない。

「料理?お前下手じゃん」

笑顔でさらっとそう言った憎いやつがいる。下手ではない、断じて下手ではないぞと長々しく宣言している私の隣でそいつは全てを否定するかのごとくその一言を発した。
そうばっさりと切り捨てられると馬鹿みたいに言い訳している自分が本当に馬鹿に見えてきたりするものだ。とにかく私はあの時の奴の笑顔が憎らしくて憎らしくて今も忘れられない。女の子に「料理下手」は絶対言ってはならないタブーなのに。ああもう嫌な過去を思い出した!!



「うっわ、マジ?」

とある土曜日。
私意外家に誰もいないはずなのにリビングの扉が開いたから視線だけ横にうつせば片手に紙袋をぶら下げた刹那が空いたもう一つの片手で己の口元を覆って心底驚いたポーズ。私はその来客を視界の端に収めてすぐに止めていた自分の作業にとりかかった。

「なになに?なんかあんの?それとも頭打った?」
「アンタ何しに来たわけ」
「それをお前が言うか?ほぼ毎日用もなく人の部屋押し掛けてくるくせに」
「で?何の用?」
「スルーかよ……」

頭の後を掻きながら私に近づいてくる。やがて横に来たかと思えばドサリと重たい音が耳に入ったので何事だと顔を向ければ刹那が持っていた紙袋をシンクの上に置いていた。

「何よ?それ」
「林檎。青森の婆ちゃんから大量に送られてきたけどウチじゃ食べきれないし、お裾分け」
「ええ本当?ありがとー……って、多いな!!どんだけお裾分けしてんの?!これだけあると親切通り越して迷惑だわ!」
「だから大量つったろ」

ざっと見二十個ぐらいある。我が家は四人家族だけど兄が県外の大学にいるから現在は三人暮らしとなる。ぶっちゃけこの量はキツイ!!食べきる前に林檎が腐るわ!!
ああーもうどうしろってーのこの林檎。いっそジャムにしてしまおうか。私はできないからお母さんが。(ここ重要)

「まぁ一応貰っとくけど……冷蔵庫の隣に置いといて」
「はいはい」

指示を出すと刹那は紙袋を持って私の横からいなくなった。私も再び作業に取り掛かる。それにしてもくそっ、このジャガイモ無駄に芽が多いんだよ!!皮剥きにくいし!

「つかさ、何でお前が料理してんの?」

ピーラーを持ってジャガイモと奮闘していると、刹那がひょいと私の作業を肩越しに覗きこんできた。刹那は私の幼馴染だし家が隣同士でお互いの親も仲が良いから自然と私たちの仲も姉弟みたいな関係であるため、彼は私のことをよく知っている。つまり長年の付き合いで私がキッチンに立たつことは滅多にないことも知っている。
そんな私が珍しくもキッチンに立って料理を行っているものだから興味を示したのだのか、物珍しそうに私のしている皮むきという果てしなく地味で面倒な作業をじっと見つめている。
まあ確かに私自身料理なんてできなくても既製品で生きていけるんじゃね?という安易な考えで生きていたため今まで自主的にキッチンに立つことはしなかったけれど今回は事情がある。そう、大きな大きな事情が……。

「テレビで……」
「ん?」
「夏目君がテレビで『僕は料理上手で家庭的な女性が理想なんです』って言うからね…!」
「あーなるほど…」

それだけで刹那には十分伝わったらしい。さすが幼馴染。そう、昨日の夜に深夜番組で夏目君がゲストとして呼ばれていたからそれを見ていると、番組進行者が「ちなみに夏目君の理想の女性は?」とかちょっとお決まりな質問をかましやがり夏目君は照れ気味に「そうですね、やっぱり僕は料理が上手で家庭的な方が理想ですね」って答えていて、私はその答えにドカーンと頭に隕石が落ちたような衝撃をくらわされた。
かていてきなじょせい。つまり家事全般が上手にこなせ、日々余すことなくその能力を発揮する女性のことだ。頭の中で『家庭的な女性イコール私』という方程式をたててみるが実際どう考えてみても天地をひっくり返しても悲しきことに『家庭的な女性ノットイコール私』の方程式が成り立つ。なんてことだ。
よくよく考えてみればテレビでも男の人は家庭的な女性を求むとよく言われているから、このままじゃ嫁の貰い手がない!!と判断した私は今からでも家庭的な女になるため自主的に料理を作ることをと宣言したのだ。これは今日の朝の話。それを聞いたお母さんが「じゃあ夕飯よろしく」と珍しく娘の手料理を食べられることに喜びを見せつつ仕事に出かけた。
そして現在に至る。自分で料理を作ると宣言したはいいものの、何を作ればいいのか悩み、そんないきなり高難度のものに挑戦しても失敗するのがオチということがよくわかっているから一般的に食卓に並ぶ簡単なものを作ることにした。

「それで何作んの?」
「聞いて驚け。肉じゃが」
「わあびっくり」

棒読みで言いやがって。その無駄に明るい金髪の頭の頂点にチョップでもかましてやりたい気持ちになったけれど今は両手にピーラーとじゃがいもを持っているししかも手がじゃがいも臭いからやめた。綺麗好きな刹那にしてみればじゃがいも臭い手で殴られるのはさぞ屈辱だろう。私も嫌だし。

「でもお前がキッチンに立つ姿とかすっごい違和感あるんですけど。明日人類滅亡すんの?」
「今、手に包丁持ってなくてよかったと思え」

持ってたら絶対刺してたぞ。
ていうかもう何なの?用が済んだならさっさと帰れよコノヤロー。
でもどうやら様子を見る限り刹那は自宅に戻る気がさらさらないらしく横からやけに私に突っかかってくる。ただでさえ器具の使い方下手だから作業に集中しているっていうのに横やり入れられると集中が途切れるじゃないの。
しかも悔しいことに刹那は両親が仕事でいつも家にいないことから、自炊することが多く料理の腕は私より格段にうまい。私もよく彼の料理を食べさせてもらうことがあるけど刹那が作ったとは思えなくらいおいしいのだ。そんな奴に見られているとなると若干、いやかなりやりにくいものがある。そんな私の気を知ってか知らずか。

「あああ、馬鹿!そんなとこ持ってたら指に怪我するだろ!!親指はもっと上に!」
「う、うっさいわねーわかってるわよ。集中してんだから邪魔しないで!」
「わかってねーだろ。ああもうお前すぐに怪我しそうで見てて怖い」
「じゃあ見てんな!!いっとくけどねぇ、私はぎりぎりまで追いつめてそこでサッとかわすテクを身につけているの。だから心配ないの」
「いや何の話ですか、それ」

貸せよ手伝ってやるから、って手を差し伸べてくるものだからついついじゃあ宜しくと言ってしまいそうになるがぐっと堪える。だって刹那に手伝ってもらったら意味がないんだもの!!家庭的な女になるって宣言したばっかなのにさっそく男の人に危ないから手伝って貰うってどうなの、私の決断ってなんだったの。ってことになる。
そんなことになってたまるか、私は家庭的な女になるのよ!決意は固い。そして伸びてくる手から避けるようにサッとじゃがいもを握った手を引いて拒んだ。そしたら刹那がムッとした顔になる。

「何でよける」
「あんたが手伝ったら意味ないでしょ!!」
「そんな無駄な抵抗しないでここは素直に上手い奴に従っておくのが賢明な判断だと思うぞ。お前ただでさえ料理下手なんだから」
「下手じゃないわよ!!」

また下手って言う!!!忘れないわ、ええ忘れやしないわよ!過去にあんたが私に言った『は?料理?お前の作る飯、破壊的に下手で不味いじゃん★プッ』の言葉を!!どれだけ乙女心が傷ついたと思ってるの!?乙女じゃないあんたにはわかんないだろうけどね、少なくとも私はうんまい棒五本食べきれないくらいには傷ついたのよ!!
ぎろりと刹那を睨みつけて横から彼のひざ裏をアウトローキック。手が使えないから足で勘弁してやるわ。ありがたく思いなさい。

「いってー……、この暴力女。本当のこと言っただけなのに」
「そもそもあんたなんの確証があってそんなこと言うの」
「だってバレンタインデーにお前から貰ったチョコ、分離してたじゃん」

ぶ。それいつの話だよ。思わず作業を止めて刹那の顔を見てしまった。確かに私は過去に彼に一度だけ手作りチョコレイトなるものを捧げたことがある。溶かす際に熱しすぎて分離してしまったのも事実だ。

「そ、それは中学校の時の話しだし……」
「中学生なら加熱しすぎるとチョコが分離することぐらい知っとけよ。しかもそのまま失敗作を俺に渡すし。信じらんね」
「だって勿体ないじゃん。またチョコ買いなおすのお金かかるし刹那なら別にいいかなぁって……」
「…俺一体何扱いされてんの。まぁはたから期待なんてしてなかったけど。でも溶かして型に流すだけの手作りとは言い難いほど単純な作業工程で失敗する奴を料理下手意外なんと言えようか…」

相変わらず皮肉屋の口はよく回る。そもそも何年も前にあげた失敗手作りチョコレートのことを今更引き出してねちねちと嫌味を言わないでほしい。あれはあれで改めて「うん、もう手作りはやめよう」という良い結果が得られる実験になり、その結果があったからこそ翌年からはチョコを市販で買うことになって刹那も万々歳なはずなのに。犠牲あっての輝かしい未来ですよ。それの何が悪い。
だいたい中学時代(今もだけど)の刹那はバレンタインデーには女の子友達からチョコをたくさん貰ってるじゃないの。長年一緒にいるせいでいまいちピンとこないけど刹那はそれなりにカッコイイ男の子らしい。中学二年で大分荒れて髪も黒から金に染めたりした時は周りに美人なのに化粧施しまくったケバイ女の子いっぱいいたし、その時もいっぱいチョコを貰っていた。中には手作りも含まれていただろう。比べられたんだ。(比べるまでもないけど)ショック。

「どうせ食べてないんだったら文句言わないでいただきたい。ああ可愛そうに私の初の手作りチョコレート。きっと即座にゴミ箱に突っ込まれたんだわ。なむ」

とかわざとらしく言ってみるけど別に悲しくもなんともない。だって私だったらあれは捨てるぞ。確実に。ちょっと焦げてたし。

「馬鹿言うな。ちゃんと全部食べた」

え?まじで?私は驚きの言葉に目を丸くした。
ここで言うなら馬鹿を言っているのはどう見ても刹那のほうだ。自覚あんのコイツ?それとも味覚ないのコイツ?

「あんた頭おかしいの?」
「酷いなオイ。せっかく幼馴染様が初めて作ってくれたんだから涙を飲んで食べてやったのに」
「『 涙 を 飲 ん で 』?」
「不味かった」

ドカッ

今度はハイキックが決まった。と言ってもそこまで自分の身体が柔らかいわけじゃないから残念なことに足が頭まで届かずに大きく下回り腰のあたりにヒットする。もっと足がモデル並に長かったら華麗に踵落とししてたわ!!!
腰を押さえて悶える刹那を今度は真正面から睨みつけて包丁の切っ先を向ける。あ、まだ犯罪者になるつもりはないから。これ幼馴染限定の脅しだから。

「ええい!お前一体何しにこの家に来たんだ!!」
「いやだから林檎を届けに」
「用が済んだらさっさと自宅に帰れ!!帰れったら帰れ!!」

私が包丁を振り回しそうな勢い(良い子はマネしないでね★)に刹那は危険を感じたのか前に両手を出して「わかったから落ち着け」と後退する。思ったんだけど刹那が来てから作業のスピードがかなり遅くなった気がする。だって私まだじゃがいもしか切ってないんだよ?!
このまま横でぶつぶつ言われ続けると本気で包丁振り回すかもしれない。そんな私を見て刹那は苦笑いしていた。まぁ、私が暴走することはしょっちゅうだし対応に慣れてるのかも。

「わかった。ここは大人しく帰ることにする」
「そうしてくださるととても助かりますわ」
「いきなり口調を変えるなよ、気持ち悪いから。じゃあくれぐれも怪我はしないようにな」
「あーはいはい」
「それと、肉じゃが出来たら連絡して」
「はいは………は?」

出来たら連絡して、ってどういうことよ?料理が仕上がったら刹那を呼べと?何故?
変なことを言い出した幼馴染に眉間にしわを寄せていると刹那は手を振りながら玄関へと繋がる扉に向かって歩いていった。思わずその後ろ姿に叫ぶ。

「ちょ、待って刹那!!意味わかんないんだけど」
「毒味してやるっつってんの。おじさんもおばさんもまだ死にたくないだろうし」
「なっ!失礼ね!!ちゃんと食べれる料理作るから!」

美味しいか不味いかじゃなくて、食べれるか食べれないかの問題なのが自分で言ってて虚しいけど。

「はいはい、期待してる。じゃあな」
「あ、ちょっと!!」

呼びとめようとした時既に金髪頭はリビングから姿を消していて、私の声だけが部屋に響いた。私から追い出しといて今更呼びとめるのもどうかと思い、足が止まる。
毒味って、どんだけ私の料理の扱い酷いんだよ。そんな風に思ってるなら食べなきゃいいのに。じゃあなんで毒味とか言って食べようとするの?っていうかもしかしてあいつ、



(単に私の作った料理食べたいだけなんじゃないの……?)



……なーんて考えるのは、私の料理の腕からして流石に自意識過剰すぎるかー。