「なに?お前まーた何かやらかしたのか?」


いつもみたいに元気にちょこまかと動かず今日は珍しく背中を丸めてとぼとぼと歩いている私を見て窪谷さんはからかうような視線を向けつつ話しかけてきた。
私はちらりと窪谷さんと目を合わせてから目線を足元に落としてはぁっと大きなため息を出す。


「実はこの前合コン行ってきたんですけど、その中のある人が積極的に連絡くれるんです。でも私てきにはあんまり好きになれなくて、それなのにこのまま連絡を取り合うのもどうかと思ってですね…」
「合コンね。若いなぁそうだよな、まだ22歳だもんな、井山は」
「何言ってるんですか窪谷さんこそ充分若いくせに」
「いや四捨五入したら30だから俺。もう精神的おっさんだからね。で、その積極的な奴以外に良い男はいなかったのかよ?」
「良い男……」


私は再びちらりと窪谷さんの顔を盗み見た。
今年27歳になる彼は背がスラッと長くて、ほどよく引き締まった体躯。まつ毛の長い二重瞼にぱちりとした目力のある澄んだ瞳に鼻筋の通った高い鼻とその下に見える薄い唇。きめ細かくて女でも羨ましがるような綺麗な透き通った肌。
目の前に立つこの男性は間違いなく『良い男』である。私が今まで生きてきた中でこんな素敵な人を見たことがなかった。だから会社に一人は格好良い人がいるものだとは思っていたがまさか自分が入社したところにこんな出会いがあるとは思ってもみなかったのだ。
しかも窪谷さんの『良い男』は見た目だけではとどまらない。まずはこの声。低くて耳にすっと入ってくる耳障りのない特徴的な声。この容姿と声だけでもイチコロになる女は多いだろうに、加えスポーツも万能ときた。
毎年組合で行われるボーリング大会では参加者200人もの中で必ずと言っていいほどベスト5入りするのだ。そのスコアも半端ではない。私なんてガータばっかりで70点いけばまぁまぁ良い方だ。
仕事は若さもあって今でこそ上役でないにしろ(うちの会社は年功序列なところがある)作業は素早く的確だし現時点で一つのチームリーダを任されていて、周りからの信頼度、期待度は高い。昇格も遠くはない仕事のできる男だ。
こんな完璧な男って本当に世の中にいるんだなぁと思いながらまたも大きなため息をつく。

(こんな完璧な人が近くにいたらそりゃ誰だって自然と比べるに決まってる…)

確かにこの前の合コンで変な人はいなかった。それは確かだ。
相手の年が近いことから話題も尽きることはなかったし、今時なオシャレもしていてとても若さを感じだ。積極的に連絡してくれる男性もそれなりに受け入れられる容貌だったし不満はないはずだけど……。
でも何かが足りないのだ。なぜだか彼のことを好きにはなれそうになかった。言うならば男友達…みたいな。まぁ送られてくるメールの内容が『また会おうよ』とか『今度は二人で』とかやけにせっついてくるから、あちらはそうでもなさそうだけど。
「何だよ、人の顔じろじろ見て」と口をとがらせて言う窪谷さんの仕草が男性に対して言うのはアレだがとても可愛らしいと思う。ていうかもう彼なら何しても許される気がする。そんな彼を見ていてなんだかイライラしてきた。


「窪谷さんのあほ」
「は?お前なに人生の先輩に喧嘩売ってんの?仕事に影響していいなら買うけど」
「ぱ、パワハラだ…!」
「いや、愛情だ」


そんな愛情いらない。


「あーもうっ、こんな会社にいるから私は彼氏ができないんだ!!」
「おいおい会社のせいにするなよ。別にバリバリのキャリアウーマンでもあるまいし。仕事だって多くはないだろ」


会社じゃなくて原因は貴方ですとは言えない。
苦笑いしている窪谷さんは落ち着いているし余裕の大人っぽさがあってとても魅力的だ。少なくともこんな雰囲気をもった男性はこの間の合コンメンツにはいなかった。
入社したてで仕事がわからずおろおろしていた私にも気軽に話しかけてくれたし、わかりやすく丁寧に優しく教えてくれて、時々休息のように挟む意地悪も絡みやすくてとても安心する。
こんな彼が人気じゃないはずがない。最近は聞かないけど、昔は窪谷さんをターゲットとした数々の社員のお姉サマ方が裏でドロドロな争いを繰り広げていたとかいないとか風のうわさで聞いたことがある。しかも当の本人の知らない所で。恐るべし窪谷。


「まぁ井山ならそのうちひょこっと気の合う奴が現れそうけどな。焦ってばっかじゃまともな男捕まえられないし、いい結果なんてついてこない。人生そんなもんさ」
「つまり今のまんまで良いってことですか?」
「そーゆーわけじゃない。自分が変わらないのに環境が変わるわけなんてないだろ。だからゆっくり少しずつでも変わっていけば、その過程できっと誰かに出会うってこと」
「なんか窪谷さんが言うと説得力ありますよね」
「うん、つってもこれはある人からの受け売りだけど」
「……もみじさんですか?」
「あたりー」


にこにこ笑いながら窪谷さんは言った。


「つーか聞いてよ井山、昨日新太が初めて俺のこと『パパ』って言ったんだよー。もおすげぇ感動したし、嬉しかったのなんのって。もみじのことを『ママ』って言ったことすらないのにさ!」


輝かんばかりの瞳で語る彼の頭の中には今きっと愛息子の愛らしい笑顔が思い浮かばれていることだろう。私はこの目の前の男をはったおしてやりたい衝動に駆られたがそこは一人の大人としてぐっと堪えてみせた。
そう、窪谷さんは私が入社したその年に彼の二つ年上の会社の先輩でもあるもみじさんという女性と結婚したのだ。
きっともっと早く彼と出会っていたら…!だなんて考えないわけではないが、だからといって私と結ばれる可能性なんてほぼゼロに近かったんだろう。そもそも過去をどうこう言う前にそれが運命だったのだ!これが現実なのだ!
はぁ、まったく人がこんなに悩んでいるというのにこの頭に花が咲いた男ときたら!!!ついつい厭味ったらしい口調になってしまうがこれは仕方ないしきっと皆も許してくれるだろう。


「もしかして単にそれを聞いてほしいがために話しかけてきたんじゃないでしょうね」
「うむ、あながち間違いではないぞ」


もう窪谷さんなんて幸せになりすぎて死んでしまえばいいわ!!





     赤黒の

   エ ゴ イ ズ ム