世の中はあと11日でアナログ放送が終ろうとしています。




さて、今日は【迎え火】ということで、今日のブログは迎え火の話とうちの愛猫のお話をします。


精霊を客人を迎えるときに火を炊いたことから迎え火という名が付いたらしいです。

今日はその迎え火。

一般的には今日(7月13日)に行います。


なので私の家も本日亡くなったおじいちゃんをお迎えする為に火を炊きました。


家で迎え火をするのは2年ぶり。


はぁ~2年ぶりか…


2年経った今でもまだ行き遅れた私がいたのにはさすがにおじいちゃんも驚いたことでしょうね。


アタシだってね!できればおじいちゃんに「実は…おじいちゃんに報告があって…私、結婚します」


なんちゃってなんちゃって!

………

………



悪かったな\(*`∧´)/


さて、話を戻します。


今年の迎え火はおじいちゃんだけでなく、もう2匹お客さんがやって来ます。


それは5年前と2年前に亡くなったうちの愛猫、「シーサー」と「ナナ」です。


この猫ちゃんたちはとても長く生きてくれました。

私達の大切な家族でした。


この子達も多分同じ気持ちだったと思います。

それは私が単に猫バカだというわけじゃないですよ。


シーサーもナナも家に来たのは、単なる偶然で片付けてしまうとロマンチックではないので違う話をします。


シーサーは私がまだ幼い頃に私の家の裏道に捨てられて、ニャーニャー泣いているのを家族が発見したことが切っ掛けでした。


まだ生まれて何週間かしか経っていない様子で、寒さに震えている姿は、手をさし伸ばさないでいられなかったようです。


ミルクをあげ、少ししてから外に放しました。

家は猫を飼うなんて考えもしていなかったので。


その翌日、次は家の中で声が聞こえました。

同じ声。


家族が探すと、家の暖房機が置いてある中から聞こえ、家族が手をつっこむと中から子猫が。

それがシーサーでした。


家族はこれは2度目のチャンスだと思い、飼う事にしました。


2度目と書いたのは、以前、家族は子猫を助けてあげることができなかったことがありました。


助けるなんて大層なことはない。

もともと飼う気があったわけでもないんだし、私達家族は偽善団体でもないんだから。


でも、その子猫は家のお勝手のごみバケツの中で鳴いていました。


三毛の子猫でした。


家族は家にあげました。

小さかった私はかわいがりました。


子猫が家に来たなんて私にとっては大きな出来事でしたから。


三毛の子猫は「シーサー」と名づけられました。


バケツの中にいたから「バケツのシーサー」。


変な名前。

でも家族はかわいがりました。


でも、きっと飼い主がどこかに居る。


家族は近所に聞いて回りました。


「子猫知りませんか?」


子猫は2・3日家に居ました。

しかし、この子猫は病気を持っていました。


当時私が幼かったので、子猫を飼うわけにはいかず、子猫は保健所へ連れて行かれました。


私は覚えていません。


当時対処をしたのは母親でした。


子猫なので小さな箱に入れて、取りに来た保健所の人に渡したそうです。


家族もその場面は知りません。


そんな記憶が蘇った家族は「シーサー」を飼う事にしました。


2代目「シーサー」はハンサムな顔をした男の子。

緑色の目をした黒のキジ猫でした。


首から胸にかけて白いフワフワの毛が特徴でした。


彼は皆に愛され、わがままでしたがみんなの居るところにいつも居ました。

食事するこたつの布団の上。

みんなが行き来する階段の上。

おばあちゃんの部屋。

みんなの布団の上。


溺愛されているのに、短気な彼はいつもいじくりすぎると怒っていました。


ある日「シーサー」は大きな病気をしました。


尿道結石でした。

医療費が高いのは分かっていましたが、それでも家族は病院に連れて行きました。


もちろん、連れて行きますけど。


病院に連れて行ったとき、彼はすごくおとなしかったのに、みんなが帰った後は狂ったように鳴いていたようです。


先生が言いました。

「この子はご家族が好きなんですね」と。


もう一回「シーサー」は病気になりました。

今度は爪に腫瘍ができ、それを摘出しました。


家族は「シーサー」にお金を払うことに何のためらいも無い。


シーサーは間違いなくみんなに愛されていました。


その何年か後の夏。


「シーサー」は死にました。


何も食べなくなってしまいました。

水も飲まなくなってしまい、日に日に痩せていきました。


太っていて、近所の人からたぬきを言われていた体は、ついには骨と皮だけになってしまいました。


そして、死ぬ前。

「シーサー」は儀式をしました。


思い出を巡るように、家族の部屋をもう歩けない体を必死に使って。


細い足で階段を登り、フラフラの体でみんなの部屋を回った。


寒い日、一緒にもぐった布団。

ごはんのおこぼれが欲しくて座って待っていたこたつの布団。

おばあちゃんの部屋。

姉の部屋。

両親の部屋。

私の部屋。


そして、いつもみんなを見送った玄関がよく見える、廊下で眠りました。



「ナナ」も運命といわせてもらいたい出会いをした。


「ナナ」は家に生えている柿の木に登って、降りられなくなっているところを助けられた。


それから家になついてしまい、根負けした家族が飼う事にしました。


名前は私が付けました。


「ナナ」は大きな耳と目をした、細い女の子の猫だった。


この子は、色んな病気を持っていましたが、「バケツのシーサー」のような目に合わせたくなかった家族は治療をしました。


「ナナ」は臆病な猫なので、診察台の上でオシッコをしてしまったり、いつも病院に連れて行く母親を本気で嫌ったりしましたが、それでも、家族はお金を惜しみませんでした。


彼女は臆病だし、大きな音にもビクつく。

きっと愛情表現がヘタなんだと思う。


それは「シーサー」も一緒だったので、家族はやはり溺愛した。


どの猫よりも溺愛した。


その溺愛ぶりに「シーサー」がヤキモチを妬いて、あちこちにうん○したりしたこともあった。


そんな「ナナ」もある日突然、何も食べなくなってしまった。

それは「シーサー」と同じ症状だった。


みんなもちろんすごく心配した。

やわらかいごはんをあげたり、ミルクをストローで口に入れたり、毎日撫でた。


「生きて」という祈りを手を伝って届いてくれればいいなと思いながら。


でも、「ナナ」は良くならなかった。


日に日に弱い声が聞こえる。


次第にそれは家族へのメッセージに聞こえた。



「ありがとう

私を拾ってくれて

あのとき、私を選んでくれて」


ニャー…



次の日、「ナナ」は死んだ。


「ナナ」は儀式が出来なかった。


だから母親の手で儀式をした。



「シーサー」がその足で歩いた部屋を母親の手に抱えられて「ナナ」が回った。



私は涙が止まらなかった。

「ナナ」を抱いていつまでも泣いた。


みんな私の大切な家族だった。

愛情表現の仕方がヘタで、ヤキモチ妬きな「シーサー」と「ナナ」。



幸せな2ひきの猫ちゃんたち。


ありがとう。

家に来てくれて。

家を選んでくれて。


ありがとう。

また来てね。


亡くなったヒトがやって来るこの4日間。


あの頃と変ってないと思うから、安心して家でゆっくりして行ってね。

私の部屋にも遊びに来てくれていいよ。


また一緒に寝ようね。


その時は、またいつものように頭を撫でてあげるから。



バイバInBan。